J9 基地のゲート1

□PARALLEL LINES
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「どうやりゃアイツにそこまで嫌われるのかと思ったら、、、そういう事か」

 テーブル代わりのキッチンワゴンとベットしかない、急ごしらえの客室に案内しがてら、キッドはしばらく滞在する相手と適度な接近をしたつもりでいた。が、聞いてみた今となっては適度どころか、深く突っ込み過ぎた事を後悔してしまう事情である。

「俺が軽はずみに彼女とラーク社の広報担当を引き合わせちまって、、そういう騒ぎさ」

 彼女が母親だと名乗る根拠と、以前にボウイから聞かされていた、当時の状況、、が食い違っているのがわかって、ディディエが会見場を飛び出した時にはもう、真っ青な顔をしたボウイとオリビアが目の前に来ていた。

「あいつ、、ボウイの奴、殴りもしなかった。出来なかったんだ、出場資格、問われかねないから」

 代わりに彼を殴ったのはオリビアであった。
 大手スポーツ誌の、モータースポーツ担当であった彼は、それ以後ラーク社より出入り禁止を通告され、担当を下ろされた。ボウイとはそれきりである。やがて辞職し、今はモータースポーツとは無縁の、フリーの、、事件、事故、醜聞、、いわゆるパパラッチである。

「あんたの望みは、、ボウイに殴られる事か、、?」

 職を失った事への逆恨みを抱えているとは思えなかったが、彼のボウイへの態度は、いらぬスキャンダルを起こした引け目だけでは、すっきり納得できない何かが含まれている気がして、キッドは妥協案で問うてみた。

「今さら殴られてもな、、、いや、殴ってもらっても構わんが、、」

 彼の返事はそれだけであったので、ここでの寝起きに必要な注意事項をもう一度念押しして、キッドは客室を後にした。
 今日はほとんど基地に缶詰めで依頼人とアイザック達を待ち受けていたので、寝てしまうにはまだ体をもて余している。アイザックを訪ねて彼の私室へ行きかけたが、センタールームでポンチョと話し込んでいるのが目に入った。今回の依頼が入った経緯や、カーメンの生写真の真偽、、といったところであろう。興味はあるが、アイザックの頭の中で整理された情報を後日にでも聞いた方が手っ取り早い。今アイザックと話したいのは仕事の事ではなかったので「客が居る最中に不用心だ」と、開け放たれたドアのこちらから忠告だけして、そこも後にした。

「さて、、と。お町は仕事あけだし、肝心のヤツはいねーしな」

 ドアの手前まで来たがそのまま入るのも退屈。で、すぐとなりのボウイの部屋のドアに視線をやってぶつぶつと悪足掻き。

「肝心のヤツってー、俺ちゃんのコトーっ??」

 退屈の天敵が反対側の廊下から、満面の笑顔で現れた。
 ただの愚痴も当人に聞かれてしまえばラブコール。ボウイにとって招かれざる客から余計な話を聞いてしまったちょっとした罪悪感なんかも、、、この際、もて余した体に蓄えて、なだれ込んでしまうのが、吉。
 シャワーを浴びなかったのは少々性急というものだが、他は相変わらずのごとく。ボウイの腕は優しく、指先は熱っぽく、まとわりついて離れない。脱ぎ残した服を取り去る仕草もずいぶん手慣れたな、とキッドは思う。

「かなり荒れて飛び出したと思ったけど、、、?」

 まだまだ序の口。くすぐったくて喉の奥で笑いながら、そんな事を喋る余裕もある。

「あん?そんなもん、、肝心のヤツなんて言われたらふっとんじゃうもんね」

 今夜一発目の「ばか」がキッドの口から出る。

「それに、、、そろそろパターンをさ、、、読み取ってよ、、、」

 するりと合わせた手をそのまま、ボウイは自分の体に引き寄せた。火照り切って言うことをきかないそこへ。さらにそのまだ奥の方へまで、キッドを誘う。
 甘えるために帰ってきた事を隠さない。正直すぎてつっぱねることを忘れてしまう瞬間。
 立場の逆転。体の反転。性欲乱転。てん転てん。
 さんざん繰り返し「ばか」も幾つか出た頃。

「あのさ、、」

 ボウイの胸に預けていた、ぼうっと重たい反響の残る頭をゆっくり持ち上げるキッド。

「あいつ、、ライトから、ちょっと聞いたから俺。なんか、、でかいスキャンダルのこと」

 声まで聞こえそうなボウイの大きなため息。

「まだイケそうなのになーっ。萎える話題だすなよ〜。で、、、さ、どこまで?っていうか、、その、、人違いが、判明した理由、、とか?、その辺りは、、?」

 案外と平静にしているボウイにひと安心したが、はっきりしない口調で繰り出す質問の意図がわからずに、じっと覗き込めば、迷い揺れる瞳。

「、、、ああ、つまり、、、お前が孤児院に入った経緯とか?、、なら、聞いてねえよ?」

 途端に表情が輝く。

「まじ?ひゃ〜やったー!らっきいぃ〜」

 離れかけていた体をきゅうきゅうと抱き締めてくる。
 そんなにまで、知られたくないような状況だったのだろうか。いまだにキッドはその話題には触れられずにいる。オリビアに恋した事や、シスターがどんな人だったとか、、、いろいろ訊いたし、ボウイもカラカラ話した。けれどその事だけは、こっそり窺う隙もないような強固な壁が、二人の間に存在したままなのだ。
 ともかく、例のスキャンダルそれ自体は壁の向こう側でないことは知れた。

「そんなにコロコロ喜びやがるか?だったら俺は、一生知りたくねえな」

「あー、それは困る。自分で話すチャンスが残ってたから嬉しいってことでさ、、、納得してもうちょっと待ってなよ」

「、、、、」

 壁が崩れるのだろうか。だとしたら、恐らくそれが最後の壁。ないだろうと思っていた。崩れることは。
 納得して待てと、、、キッドにはとんだ薮蛇なのである。ボウイの、そんなにまで深い部分を知って、共有していく覚悟など出来ていない。聞かせる気がなさそうなのを良いことに、聞くつもりがないようなふりをしていた。

「じゃ、、、そう、、だなー、、次。今度の時、聞かす、かな」

 本音はどうだ?向き合ってきっちり聞くか。このままの距離はこの上なく心地好い。待っていて、それでいいのか。


   ◆ ◆ ◆


 しばらくは何事もなく日が過ぎていく。ヌビアの追手の動向を探る事にかけては、ポンチョが実によく働いた。いつもより少々多めの、、けれど怪しまれない程度の小銭をばらまき、依頼人のアパートから、火星ポート、マスコミ各社の周辺まできめ細かく情報を集めてくる。毎日。なんとかしてディディエにはここを離れて貰わねば、メンバー総出になるような仕事が来た時に困る。


 信用には程遠い部外者である事を、過ぎるくらいにわきまえている依頼人は、客室からそれこそ一歩も出ずに居たが、食事を運んだシンが「居なくなっちゃってたらどうしようかと思った〜」とこぼした途端、毎食ごとには顔を出すようになっていた。

「あ、、ライトさん、少しゆっくりお茶でもいかがですか?」

「そーだよ、ボウイ達は夜になるし、居ない間に息抜きしたっていいよ。ね、アイザックさん」

 大柄でやや彫りの深い顔立ちだが、カメラマンとは言え見た目的には芸術家の方面ではない。スポーツマンというほど目を見張る体格でもないが、どちらかと言えば肉体労働者の風情。その上ボウイのせいかはわからぬが、非常に無口である。
 そんな彼をやや警戒していたメイとシンも、テーブルが片付くのも待たずに、自主的に部屋に閉じこもろうとする姿に同情し初めている。

「メインリビングの続きに、プールと、少しですが木も植わっている。金属の壁でないものを眺める事をおすすめしますよ。お嫌でなければ」

 必要な事は伝えてあるし、それ以上は関わらぬ位置を保っていたアイザックも、二人の心根を汲んで口添えをした。とは言うものの、彼と子供達だけにしておくのも、心配ないとは言い切れぬ。

「アイザックさん、アールグレイを切らしてしまったの。気分転換にルフナはいかが?ライトさんがいらしてから、ずっと外出してないでしょう?」

 メイが四人分のお茶の支度をメインリビングに運んで来たときには、依頼人はもうシンに引っ張られてプールサイドの樹木の間を散策していた。部屋のドアと反対側の壁は、天井からはきだしまで一面ガラス張りになっており、自然光に近い調光がやや強く照っている。水と緑と光、遠目で室内から見ればまるで屋外のような光景になる。

「シンったらライトさんを疲れさせてやしないかしら。きっと自分で育てたウツボカヅラなんか自慢して、、やあね、またハエあげたりしてるんだわ」

 満足げにティーカップを口許に運ぶアイザックから、プールの方へ目を移して、、弟への愚痴はやや照れ隠し。

「そうだね、彼のリラックスを邪魔していないか見ておいで。でもメイ、彼はずっとまともに口を利いていないから、君たちが話しかけた方がいい場合もあるかもしれんな、、」

「そう、、そうね。ええ、ちょっと様子みてきます」

 アイザックの意思を、過不足なく自分がちゃんと理解しているかどうか、、、メイは彼の言葉を反芻しながらプールへ出るドアをくぐった。
 そんなメイの慎重な顔つきを知ってか知らずか、、彼女の背中とその向こうの二人を見るアイザックの口許はすっと引き締められ、先程までの穏やかな瞳は、打って変わって鋭くなったのだった。



   ◆ ◆ ◆
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