J9 基地のゲート1

□PARALLEL LINES
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「なんだって?!」

 キッドは立ち上がってテーブルの向こうの相手に食ってかかった。この仕事での収入が入らない事が判明したのだ。

「そーゆーことなのよ、、っ」

 ふて腐れもせずに悟りをひらくお町と、天井を仰ぐボウイ。
 独自の輸送中継基地を持った運送業を別とすれば、太陽系内の交通の要として火星ポートは最大規模を誇る。ポート本体の内部はもとより、周辺にも宿泊をメインとしたサービス業がそれぞれ小規模コロニーを構え、一大宿場町を作り上げている。
 交通量も人の出入りも激しいその辺りに紛れて、ブライスターにはキッドとボウイのみを残して他は皆、その周辺に下りた。ブライスターの二人は囮と化して適当に敵にダメージを与えつつ、適当に逃げ回り、適当な辺りで完全にまいて帰還となった。火星ポートに下りた方は依頼人の警護をしながら、チャーター便や公共の交通機関を利用して、これもまた無事に戻ったのではあるが。

「そんな事言われたってしょうがないでげすよ〜。ネガの入った鞄が撃たれてなかったら代わりにあっしが撃たれてたかも知れないんでげすから」

「だからって鞄放り出して逃げる事ないだろうよ。天下のパンチョ・ポンチョさんが!」

「あっという間に鞄ごと燃え上がっちまったんでげすってば」

 燃えるような素材のものにネガなど入れないものだが、通常に使っていたケースは、ハラーイブに到着する前にダミーとして置いてきてしまっていたのだ。

「恐るべしはカーメン・カーメンね。往年の大女優かなんかみたいだわ」

 一同を代表するようなお町の言葉。無論、収入を逃した事も痛手ではあるが、この際、、見たかった!というのが先にたつ。

「撮ったって事は見たわけだろ?モンタージュくらいできねーの?」

 言われた当人以外は、ボウイが誰に向かって話しかけたのか、、一瞬判断出来なかった。知り合いの筈の依頼人、ディディエ・ライトに彼が口を利いたのはこれが初めてであったし、その喋りかたは知り合いの気軽さなど通り越して、全く横柄なものであったのだ。

「暗かったんだ。暗視カメラだよ」

 依頼金を払えない引け目を差し引いたとしても、彼はボウイのそんな態度に恐縮も怒りもしないようだった。当たり前のように受け答える。

「あ、、そ。魚じゃなくて葉っぱ掴んじゃったわけね」

「あらあらボウイちゃんてば。お友だちの命つかまえて葉っぱはないんじゃない?」

 どうも妙な雲が流れて来たのを見てとったお町が、一段トーンを上げて合いの手を入れたが、依頼人は苦笑いしてうっそり俯くばかりである。
 ボウイもまたちょこっと肩をすくめただけで立ち上がってしまった。

「しばらく居るんだろ?」

 ボウイが問うたのは彼を匿う手筈であるが、弱い立場に置かれた知り合いにここへ居るよう促す配慮ではなく、アイザックへの確認でしかなかった。

「そのつもりだ。当面はヌビアの動静を見て、それから判断する」

 アイザックへだけ首を傾げるように頷いて、それきりボウイは誰とも目を合わさないままその場を後にした。



   ◆ ◆ ◆



、、、、、、あなたが、、、あなたがわたしの、、、

、、、、ごめんなさい、、、さがしたのよ、、、ごめんなさい、、、、、

 耳にこびりついて離れないその女性の声が何度も繰り返される。振り切るように闇雲に加速してみても無駄なことを知って、ボウイは一番手近な隕石に逃げ込むように降り立った。
 行きたい当てがあるわけでもない。急ぐでもない。勢いで飛び出したと言うのに、今はただ早く車を止めたいような気がしていた。パーキングなど探すのももどかしく、わりあい静かそうな横路で路肩に止めた。

、、、、ごめんなさい、、、、わたしをゆるして、、、、、

 目を閉じるとまた彼女の声がする。大通りを横切る車のライトが、あの時容赦なく降りかかったカメラのフラッシュを思い出させる。
 余りに激しいフラッシュにまかれて、彼女の顔はよく覚えていない。それとも、、、人生最悪の人違いの相手を、記憶に残すまいとする自己防衛だったか。

(彼女は違う)

 その事実は、ドアを開ける直前にボウイの耳に届いた。親に捨てられ、トップレーサーに登り詰めた男と、捨てた子供を探し求めていた母親の、対面のために急遽用意されたその室内に、入るべきではなかった。
 だが、予選終了直後に突然もたらされた、母親らしき人物がこのサーキットに来ているという信じがたいニュースは、事実を歪めてしまうほど子を求めた女性の純粋な思い込みに、無遠慮な親切心や、どんな些細な情報も逃すことはできないプレス魂や、ラーク社とスポンサーのイメージアップを図る商業主義、、そして、ル・マン・デ・ソウル本戦を明日に控えた現場の喧騒までが引きずり込まれ、、、、、哀しすぎる茶番の幕は上げられてしまっていた。
 飛ばし屋ボウイ、最大最悪のスキャンダルである。
 自分を捨てた母親が訪ねてきている、、、。どうしていいか、何を考えればいいのかもわからなかった。幽霊やエイリアンと遭遇する方がずっとましだった。さもなければ、その女性の死体と。
 だが、一筋だけ光がそこにあった。こんなでたらめで中途半端な精神状態では、明日を戦い抜けないという事実である。他の何もかもを捨てて、その光にしがみついたボウイは、どうでも対面を果たさなければならなかった。
 ラーク社はボウイというレーサーを獲得するために、通常必要とされる他のスポーツを圧倒する莫大な費用を、ほとんどと言っていいほど投入していない。結果、即戦力となる彼を見いだしたオリビア・ラークは、社の上層部も、業界内のセオリーまでもはね除けるほど発言力を身につけた。
 そして彼女は、新人の彼にひとつのカテゴリに集中させる事をしなかった。まして下積みと銘打って知名度を上げる事もなかった。ラーク社がチームを持つモータースポーツならば、地上であろうと星間であろうと、半ば強引なスポット参戦でエントリーを果たしていく。
 ボウイは目まぐるしい勢いで勝ち星を上げていく。
 次第に、一般のファンには大ウケするが、業界内部では惨憺たる不評を買う問題児を抱える事になったラーク社は、この騒動を大いに利用した。ル・マン・デ・ソウルに挑んで百人を下らない自社スタッフが陣を構えるホテルにプレスを呼び寄せ、会場をセッティングさせてしまった。
 本戦を控えた選手を動揺させるなどもっての外であるが、ボウイに対してだけは、そしてこの時ばかりは、ラーク社もとち狂った判断をした。度重なる強引なエントリーに対してモータースポーツ連盟から忠告を受けたばかりであった。一部のレーサーからは人の捕った獲物を強奪する軍艦鳥とまで囁かれ初めていた。幼い頃のカートに始まり、気の遠くなるような努力をしてきた者達にすれば反発は当然である。
 すでに前年度のル・マンでボウイは勝ちを取っていた。二度目の今回、この騒動で成績を落とすようならオリビアと引き離し、これまでのようなやり方を改めさせる事も出来る。逆にこの辺りで勢いを止めておかなければ、ボウイの実績と増えていく経験を糧に、二人の発言権はますます大きくなっていくだろう事も案じられた。
 己の若さを思い知るがいい、、、
と、身内から剣呑な言葉まで飛び出していた。ボウイには社が自腹を切って育て上げたレーサーではないという一線がいつも引かれていた。更に、いくら勝ちを得ようとも二年足らずの新人に過ぎず、この異常なまでの強さは、いつどんな転落をしでかすか知れたものではないという、、、不安を周囲に与えてもいた。
 ボウイの最大の味方であるオリビアには、上層部のそんな考え方はもちろん知らされなどしない。彼女は、この対面が、ボウイにとって最大級に喜ばしい事だと、、信じて疑わなかった。


 けたたましくトゲのあるクラクションで飛び起きた。前にトレーラー、後ろに乗用車。ブライサンダーのせいでにらみ合いになっている。

「ち、ケチばかりつきやがる」

 いきなり垂直浮上のごとく立ち去った路上駐車の車をみて、二人の運転手は喧嘩を売りそびれた。



   ◆ ◆ ◆
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