J9 基地のゲート1

□そしてこれからも
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 静まり返ったセンタールーム。天気予報専門のチャンネルに繋いで、やけに真剣に聞き入っていたボウイが、すたん、と立ち上がった。

「っしゃ!出ようキッドさん!でかい太陽風が来る」

「あ?」

 それはそれは非常に暇だったので、何の事やら知らないが、くっついて行った。
 足下を流れる地元J 区は、クリスマスから引きずっている電飾の華やかさもそのままに、改めてニューイヤーイブの今夜を盛り上げ直して、、きっと輪をかけたランチキ騒ぎ。
 俺もボウイも全くの誤算をした。クリスマスに引き続いて、大晦日もJ 9 の内輪でなんかやるんじゃないかと、予定も作らずにいたのだ。
 どっこいお町はJ 区最高クラスと歌われる某ホテルのカウントダウンパーティーに行くと言うし、、もちろんオトコのおごりで、、、。残る三人はラスプーチンと先約があったらしく、ポヨンまで連れて、、。
 気がつけば2111年が終わるというこの晩に、これといってする事もなく、ボウイと二人取り残され組。
 すっかりファミリーイベントのつもりでいたらしいボウイも、嵐のように出かけて行く他の顔触れを呆然と見送った後、二人切りになったからと言ってすけべ面になる様子もなかった。
 悪名高いJ 区のカウントダウンはいかなる様子か、、期待してたのに、置いてけぼりを食らった反動でほうけてしまった。


 あまりにもつまんないものだから素直について来たが、、、何処へ?J 区はおろか、アステロイドさえも外輪方向へ抜け出てしまっている。
 そのうちボウイは、操縦の傍らでメインのコンピューターを手元のサブパネルに呼び出し、木星の気象情報を取り寄せ始めた。

「なに?潜るの?」

「いや、雲の上でいいんだけどね」

 酔狂な年越しだ。太陽風が来る事を確かめた上で木星に入るとは。
 縞模様の色具合でジェット気流の向きが東西逆になる上、腹が立つほど磁場が強い。ついでにイオが変な場所にあったりすると、磁力関係はますます酷くなる。
 只でさえしちめんどくさい木星なのに、太陽風VS 太陽系最大の磁気圏、、ということになると、大自然のスペクタクルびしばしを前にして、人類のささやかな英知など、、、。
 あは、、計器狂って落ちなきゃいいね。
 普段はアイザックが判断する突入ポイントを、ボウイは何とか決め切ったらしい。シノペ、パシファエはとうに過ぎ、エウロパ、ガニメデが前方から左右に見え始める頃、イイ調子の愛機は機首を北へ。オレンジの砂塵のリングや、真っ赤なアマルティアに背を向けて、木星の内懐に入り込んだのは、かなり極地に近い辺りだった。

「おっけ〜!間に合ったぜ」

「間に合うって、何に?」

「そりゃ、年内に決まってるでしょー。別に間に合ったからどうだって事はないけどさー、でも何となくやっぱり間に合いたいじゃん?もひとつ、太陽風の到着にも間に合ったもんね」

 根っからの競走屋に聞いた俺が野暮か。
 フロントビューを可視モードに切り替えたボウイが、上っ調子な声で呼ぶ。

「キッドさん!こっち来て見ててみな。もうすぐ太陽風の第一波が来るからねっ」

「なに、さっきから気にしてんだ?太陽風の、、、」

「まま、いーから、みてみてみ」

 天気予報による第一波の木星到達時刻まで、あと三分ばかり。その後、十数分で年も明ける。
 乱れる気流の中で、でき得る限りコックピット内を快適に保とうとしているボウイの首に、後ろから手を回してからかってみる。けっこう操縦の方に気を取られているらしく、さほど過剰な反応はして見せない。あと二分くらいかなー。
 からかっても余りおもしろくなさそうだったが、そのままボウイの首あたりに手を置いていると、これが妙な具合で面白い。ボウイの、ほんのわずかの動きがすべて、首のどこかを通って伝わっていく。「くすぐんないでよねー」なんて言う声も、手に伝わってくる。

「キッドさん!出た!あそこっ」

 な、なな、、、なんだ?!
 手に伝わるボウイに意識を集中していて、当の本人が眼中から抜けていた。
 いきなり前を指差したボウイに、ユーレイでもなかろうとはおもいながら、その指の先を目で追う。
 オレンジがかったメタンの霞が視界を埋める。足下に隆起しては100キロ下まで流れ渦巻く、乳白色のアンモニアの雲。その下には色の濃い硫化水素アンモニウムの雲。変な褐色は硫黄混じり。時折、雲の渦の中で、薄紫の稲光が走っている。

「違うよ、もっと上」

 動きのある足下の方につい視線が行ってしまうが、ボウイの指すのはもっと上、オレンジの霞のまだ上の方。
 ゆら、と、、一ヶ所だけ歪んだように見えた次の瞬間。

「あ、、、、、すげー、、、」

 歪んだその部分は、薄紫に淡い光を放ちながら、うねるように広がった。
 ちぎれたり、またつながったりしながら、ヴェールの裾のように、白、ピンクと、輝きを変えてゆく。次第に大きく、天空を覆い尽くすばかりに、、、。

「前になんかで通った時にチラッと見てさ。チャンス狙ってたんだ。子猫ちゃんがいたら大概のモンは見れるからね」

「さすがにオーロラのスケールもでけーな。木星のは、、初めて見た」

「俺も。、、一昨年だったかな、レースでアラスカの方に行った時に地球のは見たんだけどね。これは、、ホント、迫力だねーっ。あ、そういや、アラスカの時もニューイヤーイブだったよ」

 オーロラはやや白みを増しているようでますます輝く。地球のと違って緑系の色はない。しかしなんと言ってもその特色はスケールのでかさだろう。わざわざ太陽風を気にして出かけて来たのだから、今夜のはまた特大かもしれない。外から少し離れて見たらジュピターの冠のようだろうか。
 と、見入っていたのだが、、、、、ん?今、ボウイ、なんつった?

「間違い、ないか?それ、、一昨年のニューイヤーって、、」

「あん?ああ、絶対。なんで?」

「いや、、、俺も、見てたから。グリーンランドで、、、極地訓練やってて、そのまま年越したの、、一昨年だった」

「へ、へえー、、、へえーっ!すっげーっ!すげー、、!」

「、、、、、、、、、、、」

「何よキッドさん、嬉しくないー?知り合ってもない時に、同じ日に同じもん見てたんだぜ!これって運命的って言ってもいいくらいじゃん。、喜んでほしいもんだけどなー?」

「や、、うーん、、、なんていうか、、」

 すごいとは思うけどね、、どうも、、合い過ぎちゃって恥ずかしーじゃないか。運命的だなんて、、マンマな事、こいつよくへーきで言えるよなまったく。

「ふーん、でも、そっかー、、、あの時ねー、、、キッドさんも見てたんだー、、、」

 穏やかな含み笑いで、あの時、に戻っていくボウイ。
 オレンジと乳白色と白光と、、、変幻自在のスクリーンを見つめつつ、俺もつられて、俺の、あの時、へ。
 ボウイの首に回したままの片手が、
今と間違いなく繋がっているから、ためらいも何もなく潜っていける、あの時、の心。あの頃、の心。
 静かな時がしばらく続き、戻って来るタイミングまでもよく合うことで、、ふっとボウイと目が合った。
「、、、ぷっ、、」

「は、、あは、、、は、」

 なんなんだろう、これは。どうしようもなくおかしい。笑い転げながら操縦からも気が抜けず、しまいには汗をかかんばかりのボウイがまたおかしい。
 はたと、気づけば2112年に突入していた。

「過ぎちゃってんよ!ともかく、はっぴーにゅーいやー!」

「はっぴーにゅーいや〜!今年も頼むぜっ。ああ〜もうやだ、笑い過ぎた。俺ちゃんラクな所に出たい。ね、どーする?そのまま帰る?」

「そだな、、、とりあえず、しばらくその辺で、漂流、、してようぜ」

 あーあ、、言っちまってるよ俺も。

「年明けそーそーお誘い?いーよ、もちろん!もう何でもアリO.K. ってことで」

 いーんじゃねーの?こんなトコでとことん晒けだすってーのも、たまには。言ったの俺だし。






 ちょっと待て、、これでいいのか、、年始め。






ーーーーend ー ーーー

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