J9 基地のゲート1
□Saurianをアナタに
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脳の中までゆらゆらと、、熱湯みたいな蜃気楼が攻めこんできて、ものを考えるのが辛い。ああ、熱湯ならまだ歓迎だ、水分だもんな。
ボウイは考えているのかいないのか、足を投げ出しヘリに寄りかかったまま目を閉じている。肩でゆっくり息をし、バテ気味に上がった顎から首筋へ汗が落ちる。
顔をそちらに向けるのも既にだるく、横目でその汗を見ながらぼんやりと、、、、この角度、それなりにセクシーかもなんて思う。同時に、その汗をボウイの体の中に押し戻したい衝動にかられる。
辛かった午後もようやく終わりに近づき、、本格的に冷え込むまでの一時、わずかな熟睡に専念。体を寄せ会う必要もなく、それぞれ大の字になって休む事が出来る貴重な時間は、あっという間に過ぎてしまう。
「ボウイ、そろそろ起きな」
「、、ん、ああ、、」
二重にしたパラシュートの一枚を下ろして、くるまろうとしていると何か、、、足元で動いた、。
「ボウイ!ストップ!!」
「は?」
「動くな、そのまま」
暗い上に昼間の渇きで疲れきった目をしばたかせながら、周囲の砂の上を何度も見回したが、、、。
「くそ、だめだ。居ないや。今、サンドパイバーかと思って冷やっとしたけど」
「へび?、、そういやサソリとか、、心配ないのか?」
「そう嫌うなよ。もう少し岩場のある所だったらな、、ケッコウ食えるヤツだって居るんだぜ。ボウイがトカゲ食うとこ見たかったけどなー」
昼間の辛さも忘れてついからかったが、別に冗談じゃない。実際、食ったもん。
「食っ、、、、ヤメ、話題かえようぜ」
いい加減冷えてきたので、お情け程度の防寒に二人ごとパラシュートにくるまって膝を抱えて座り、背中に置かれた手に引かれるまま寄りかかって、ボウイの腰に腕を回してくっつきあう。
「お前、全然食うこと考えてなかったろ?爬虫類とか。ふふん、今度ジャングルに落とされたら、たっぷり狩猟してやるから、期待しとけよ」
今でもイザとなったら無理矢理でも口ん中に押し込んでやる。と、言うのはボウイのひきつった顔に免じて、言うのだけはやめておいた。
パラシュートのおかげで夕べよりはマシなのだろうが、体力が落ちているせいで感覚が鈍っている。どちらにしたって厳しい冷え込みで、いくらすり寄っても余り眠れはしない。
夜の間にブライスターが来ても良いように、ボウイはライターを握っている。
そのライターは出番がないまま、二度目の朝を迎えた。
昨日のような元気はとうにない。明け方にパラシュートを元に戻したきり、動く気力もない。空気が触れるのが痛いほど目は疲れ切っているし、口も鼻もカラカラだ。皮膚の弾力も失いかけてる。
ボウイが辛そうに細めた目でじっと、俺を見ている。声を出して聞くかわりに少し首をかしげて見せると、いつものような生気はないが、ニッと笑って、のたまった。
「せっかくだから、、お前の無精髭も、記憶に残しとこうと思って、、」
コイツはまったく、、。
「落ち着いたもんだな、お前。、、土壇場のくそ度胸だけじゃなくて、、こんな、、じわじわ来るのも、平気なんだ?」
「一度だけ、、ラーク社に行く前、ちっさなチームでサファリラリー、、参加して、、砂漠で迷子に」
なんだ、砂漠は二度目か。
「ほんの使いっぱしりだったのに、臨時でナビやらされて、、コースを読み間違えた。水も車も、あって、、捜索が出てるのも解ってるのに、、すげえ怖くて、、俺のせいで、、このドライバーに何かあったら、、って。それきり怖くてな、同乗者がいるのは、、ちと、苦手、、かも。やるけどさ」
声が途切れるのは渇きのせい。それは前のはなし、今は違うと、伝わってくる。声も表情も疲れきっているが、確かにボウイのどこかから伝わってくる。今の愛機は同乗者三名。ボウイも一歩も引くことなく預かってくれている。
「今回の砂漠は、、怖くない?」
「ああ、ラクなもんさ。お前と、離れさえ、、しなきゃ、俺達に悪い事なんか、起こりっこないよ。じっとするばっかで、、ひと暴れも無いのは消極的だけどな。でも、、だから、、さ。別れちゃいけないんだぜ、俺達はね。、、ずっと、俺と居ろよ。俺を、独りにしちゃだめだよ」
こんな時に口説くな。
いや、こんな時だから、か?だとするとボウイの奴、弱気が出始めたんだろうか。ずっと、だの、いつまでも、だの、、俺の嫌がる永遠をボウイが要求するっていうのは。
言えるわけないじゃないか。これを切り抜けて、次の仕事で死んじまうかもしれないのに。守る見通しのつかない約束なんてしたくない。守れなかった、いざその時になって、お前に嘘つき呼ばわりされるのはごめんだ。
「消極的だなんて、型にこだわる事無いさ。こんな戦いも、ある。、、だろ」
そうやっていつも俺は返事をあげない。
ボウイもそれ以上は言わない。言わせない。
「、、わかってる。最高に熱い、戦いだ。要は、、、勝てばいい」
暑い、熱い、、、あ、つ、イ、、、、。動けない、、。
血液さえも干からびそう、、たくさん流して死ぬんだと思っていた。
脳味噌、、蒸発しそう。
みずみずしさを保つのは、ただ、この心だけ。
シンプルに、新鮮に、生き延びたいと思う。鮮烈に、ボウイを愛していると、土壇場の自覚すら始まる。
伸ばせば手の届く所に、確かにボウイが存在している。幾分弱々しくなったその息遣いが、不屈と、希望と、極限状態では捨ててしまいがちな、、感情とを、俺の心に水分として注ぎ込んでいる。
白いパラシュートを突き抜けそうな強烈な光、皮膚がビリビリする。
目を開くと、ゆらゆらする蜃気楼に飲み込まれて、体ごとのめってしまいそうになる。それでも、度々目を開けて、ボウイの胸の上下を確認せずにはいられない。何回かに一度くらい目が合うと、ボウイは口の端を片方だけ少しあげて笑う。
アイツ、、、万物の、、、この天地の、産みの母だと言うのに、、今ばかりはヌビアの守護神にしか見えないアイツ。
ヤツが西の地平に落ちるまで、、
後どれくらいだ、、、
どれくらい、、こうして、、、耐えていればいい、、
わずかでもいい、休息をくれ。
俺はもう、本気で祈るぞ。誰に祈ればいい?
半ば失いかけた意識の底で、、、熱気が微かに薄れているのを感じて、空ろに目を開ける。
日暮れ、、、
ボウイを見ると前後不覚で眠ってしまっている。
ふらふらとよろめき、ヘリに寄りかかりながら立ち上がって、、、ロープを解く力もなくパラシュートを掴むと、体重に頼って引き落とす。
ボウイの体を覆ったのを確認すると、そのまま傍らに倒れ込んだ。
この俺が祈りを捧げる程に待ち望んだ休息の時間は、同時に心と体の隙につけ入る悪魔でもあった。
最悪な事にその悪魔に魅入られたのは、ボウイの方だった。
氷点下に落ち込む寒さにすら体が反応せず、かなり長い時間目が覚めなかった。どうやらギリギリのラインで気づき、朝まで寝てたら危なかったと冷や汗をかく。
冷や汗だと?はん、そんな余分な水、体の中にあるもんか。
ともかく慌ててボウイを揺り起こそうと、手を触れてギョッとした。熱い!
(ヤバ、、、、)
凄い熱。脈が早い。汗は、、かいてない。そうこうするうち、意識のないままガクガク震え出した。
、、熱射病、、、か?くそっ、とうとう来たか。夕方の涼しさで一気に体の無理が表面化したか、、それとも、その前からかもしれない。とにかく、、とにかく、えと、ああ、俺も頭が段々鈍って来た。
熱射病にやられて熱の高いまま、この寒さの中で転がっていたという事は、、、ええい、ややこしいな。昼間なら衣服をゆるめて涼しく安静に。そして薄い塩水、、、、今は、、、これ以上涼しくてたまるか、ちくしょう水だ、水!整理食塩水!
熱性の痙攣を伴って人事不省に陥っているボウイをずるずる引きずって、、、正直俺には抱え上げる力が残っていない、、ヘリの残骸に寄りかかって、足の間に引き寄せて背中から抱き抱えてやる。
こうなったらもう抱いていてやるしかない。
動かしたせいで、多少意識が浅いところへ戻ったのか、ボウイがうなされる。が、喉も何も酷い状態でまるで声になっていない。
熱すぎるボウイの体を胸に、寄りかかった金属の冷たさを背に、、、俺ももうすぐドウニカなっちまう。
もしこれで、ほんとに終わりなら、俺はボウイの望む通り、一生そばに居たことになる。
でも違う。これは違う。
大丈夫。ボウイだってこんなの望みはしない。大丈夫。解ってる。まだまだ、、だ。
苦しいけど、しんどいけど、こんなお前を見るのは嫌だけど、俺は大丈夫だから、お前も応えろ。
例えばこの急激な脱水症状で、目をやられても、お前がいなくなるよかマシ。
約束はしてないけど、お前を残してくたばるのは何だか裏切るような気がして嫌だから、精々ふんばってる。だからお前も裏切るな。
ボウイがうなされる。
(うん?なんて言ってるんだよ、、それ、誰の名前?、、俺?)
(俺なら、ココだよ。一番近くに居るじゃん。見てるよ。抱いてる、、)
「おい、、ボウイ。コレを乗り切って、、無事にもどったらさ、ずっと、ずーっと、、お前から離れないって、、約束してあげようか?」
相手が聞こえてない時にしか言えない自分が、ホンノ少し哀しくて自嘲する。
はは、、俺も少し弱気か?
(あ、、!流星、、)
願い事をする間もなく落ちて行く。光の尾が見えた一瞬、ありったけの想いを込めて「ボウイ」と囁いた。