J9 基地のゲート1

□Saurianをアナタに
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 空が白み始める前に行動を起こした。一日でも長く生き延びるために、体力が充分な今が勝負だ。

「んじゃ、三十分程度で戻れよ。万が一迷ったら、日が出てからその破片を反射させて位置を教えろ。傷み、引かないだろ、無理すんなよ」

「ああ、腫れとかは治まったけどな。まあ脱出行する訳じゃないから、これくらいはいいさ」

 右足首に副木がわりにヘリの部品の軽そうなのをくくりつけてある。肩の方はいくら軽くても無理があるのでしょうがない。
 大まかに決めた分担域にそれぞれ歩き出す。
 割れてしまったサングラス、煙草とライター、バンダナが一枚。普段はどうと言うことのないボウイの持ち物が、けっこう役に立ってくれそうな気配だ。何より感心したのは、ヘリからの落下でもちゃんと主にくっついてきた、帽子。
 サングラスはさっきも示し会わせた通り、反射させて互いの位置が確認出来るし、ナイフ代わりにもなる。ライターは燃やす物がないから今のところ出番は無いが、バンダナは俺の頭をカバーできるから助かる。ふわふわして動きがとりづらいので、昨日俺の手首を縛っていたロープで止めて、アラブ風?
 いつも持っているはずの小道具や武器の類いは、捕まった時点ですっかり取り上げられている。俺のすぐ後に落ちた男から身ぐるみ剥いできたが、、服の生地が日除けになるくらいのものだ。
 ブラスターが無い。有った所で使いようがないが、落ち着かないのは確かだ。

(あ、、!もしここで死んだら、、俺、ブラスターも持たずに死体になるんだ、、!)

 ヘリの残骸で役に立ちそうな物を探して歩きながら、そんなことに思い当たって、一人で吹き出してしまった。
 今だって、いつだって、全く、全然、絶対、死ぬつもりなんかは無いが、、、いつの間にか、てっきり、自分はブラスターを手にした状態で死ぬんだと、、危うく思い込みかけてた。

(くそ、発想が貧弱だぜ、我ながら)

 んなこと考えてる場合じゃない。
 今は死なない。サバイバルのエキスパートとしても、素人のボウイを死なせるような真似はしない。いつも心の底の方にある気持ち、俺の方が、アイツを守るのだと。今回は底からグッと浮上して来ている。
 空が綺麗だ。
 動き始めた時には濃いネイビーだった全体が、少しづつの筈なのに気がつけばいつの間にか、かなり明度と彩度を増して来ている。紺から青に変わりつつある中天が、地平に向けてグラデーションで白になっている。空を相手に、ダルマさんが転んだ、をしているような気になるのは、きっと時計がないせいだ。
 その白があまり上まで広がらないうちに元の場所に戻ってみると、もうボウイは来ていた。
 貴重な体力と、もっと貴重な汗とを使って手に入れた収穫は、かなり上等だと言える。思わずボウイに飛び付いてキスをした。何とパラシュートを拾って来たのだ。ボロボロにはなっているが、良く燃え尽きずに残っていてくれた。俺が見付けて来たわりと原形を留めているプロペラと、昨日かすかな日陰を与えてくれた残骸と。これだけあればテントの形にはなるだろう。
 二人で作業を急いでいると、朝の一閃が届き、刺すような眩しさと、既にこの時間にして頬を焼くような熱さを感じてはっと太陽を見る。
 ちきしょう、、地獄の始まりだ。

「ボウイ、その腕まくり、ちゃんと下まで下ろしとけ。袖口と前のファスナーは開けっぱなしで。後は、、コレをさ、、、おいで、ボウイ」

 燃え尽きたヘリに、人差し指を滑らせてススを拭い取り、ボウイの目の下に念入りにラインを入れてやる。

「なるほどね〜これで少しは目が守れるか。じゃキッドさんにも」

 埃まみれのカサカサになった手で、俺の両頬をはさみこむ。いつもと全く同じ調子。はさみこんだまま親指でススをつけ終わるとニッと笑った。

「ソレ、すんげぇ似合ってるぜ。アステロイドやなんかの仕事じゃ、こんなお姿見られないもんな。軍の頃はこんな風なのもけっこうやったんだ?」

「イヤんなるくらいね。ただ、正直言って訓練じゃ無しにマジで遭難した事はない。ま、なんとかなるだろ。ボウイちゃん、俺の言い付け守っていい子にしてなよ。連中が来なくても先にくたばったりすんなよ」

 冗談めかして本音を伝える。
 守ってやる相手としてボウイは全く気が楽だ。この状況で素人なら、普通は悪いことを連想する言葉は一切ご法度だと言うのに。

「い・や・だ・ねっ。誰が、お前の死ぬとこなんか見取ってやるかよ。ああ、ヤダヤダ」

 死ぬだのくたばるだの、、お互い平気で口にする。

「けち。骨くらい拾えよな」

 そして後は、ひたすら熱に耐えてじわじわと体力を消耗させていくだけの拷問が始まる。
 縫い目を解いていびつに裂いたパラシュートの一部を、砂の上に敷いてある。屋根にする分は幅を開けて二重にし、その裾は地面につけずに風通しを確保する。
 ささやかな陰に入り、可能な限り身動きせず発汗を防ぐ。
 具体的な知識の部分だけボウイをカバーしてやればいい。サバイバル状況下での心構えの講義なんぞ、こいつの顔を見ただけで笑える。生への執着、、状況を受け入れて適応する事、、精神力で体力を補えると信じる事、、。諦めるなと、励まして気苦労する必要はない。無いものは無いのだと、声を荒げることも無い。こいつとなら。
 喋ると渇くので、もうずっと黙っている。それでもつい何か言いたくなり、口を開けばとっくのとうに渇ききって声にならない。何度も唾を飲み込み、ひりついた喉を湿して口にするのは一言、二言、他愛もない冗談。返って来るのは甘い囁き。
 発汗を防ぐと言ったところで、動かなくても汗は出る。こうしている間に、一体どれだけの体液を失ったか。怖いのは熱さそのものより、それによって体液を失うことだ。
 生存日数は確かに三日だろうが、明日中には動かないのではなく、動けない状況に陥るだろう。
 影が短くなり、昼頃なのだろうと判る。
 今頃アイザックが変だと思い始めたかな、、それともとっくに動き出してる?来てもらわなくちゃ困るが、ヌビアの本拠地で無茶をするのじゃないかと思うと、それはそれで気が気じゃない。

(頼むから、、俺達のせいで大怪我なんて、してくれるなよ)

 空腹と渇きと、熱さと。頭の回転が正常なうちに、やり残した事はないか、判断を誤りはしなかったか、考えに考え抜き、とことん検討してみる。





 
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