J9 基地のゲート1
□ケッコウ ソレナリニ ヘイワ
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仕事がひとつ終わる。
さて、今夜は、、何も悪い事は起こらずにやり終えた。
ただ、思いのほか長引いた銃撃戦でみな一様に疲れが重い。
夜食になってしまった食事は、キッチンに銘々、トレイに乗っている。
アイザックと、負けくじを引いたボウイが、静まり返ったキッチンにきた。
並べられたトレイの間に小さなメモ用紙。『おかえりなさい』の二人分の文字を見て笑みを交わす。
「ありゃー、何もない。まいったなー、仕事の後に酒なしかぁ」
そこいら中の扉をかったるそうな手つきであけてまわり、ボウイが嘆く。
「酒なら、メイがフルーツリカーを作っていたのがあったろう。確か、その上の棚」
「わぉ!あったあった。すっげー色とりどり!カクテルバーが開けるぜ」
鮮やかな赤のストロベリーリカー、それよりもっと色の深いラズベリー。オレンジとレモンが、爽やかな色を競ってグラデーション。まだ熟成していないプラムリカーが、底の方だけ淡いピンクを広げている。
お町にはレモンのを、自分達の分は、興味に引かれてビンの底にコーヒー豆が沈んでいる琥珀色の酒を選んだ。
「じゃ、お疲れさんねっ。今日はもう、デスクに向かったりしないでさ、休みなよ」
「ああ、そっちこそ、、」
いつまでもキッドとじゃれていないで、、、と言い返そうとしてやめておいた。
ワゴンを押していくボウイが廊下の先を曲がるまで、なんとなく背中を見送り、アイザックもゆるりとマントを翻す。
お町の部屋に深夜のルームサービスを届けてから、目と鼻の先のキッドの部屋の前。
深い溜め息ひとつ、軽い深呼吸をひとつ、してから入る。
仕事が終わった日の夜は、ほんとはみんなでパーッと騒ぐのがいい。アイザックが去って、お町も引き上げると、結局二人、ズルズルと朝までどちらかの部屋。
パーッと騒げない夜はなおさら一人は避けたい。
そう思うのはボウイの方。キッドが同じように思っているかは知らない。
が、こんな時、部屋に押し掛けて行くのも、同じベットに潜り込むのも、うるさがらないのだからと、ボウイは仕事の終わった日は一緒にいることを自分のルールのように決めてしまっている。
今夜キッドが不機嫌だろうと、眠ってしまっていようと。
部屋の灯りはこうこうと、ついている。
(なんだ、まだシャワー使ってる。、、長い、な)
土壇場に来てキツい仕事になってしまった。少人数の上、こちらから仕掛けて行くパターンが多いJ 9 は、必然的に足を止めるのは最も避けるべきところだが、今回はそれをやってしまった。
いつものような軽快な銃撃戦のみにとどまらず、キッドに至っては自分のブラスターのエネルギーチャージまでボウイに任せ、その間、アーミーナイフを片手に、肉弾戦までやってのけた。
流しても流しても、何か拭いされない感じ、、というのは、あながちフィクションでもない。ボウイにしてもそんな錯覚を起こす時がある。
(そういや俺も、、早いとこさっぱりしたいよな)
筒抜けで聞こえて来る水の音が、自分を呼んでいるような気もしてくる。と言って、人が使ってる所へノコノコ割り込んで行く気も、今夜のところは無し。
しかし、今の場合、それよりなにより、、。
(腹へった)
汗臭さも、もっと別の臭いもこの際、無頓着を決め込んで、点々と首筋辺りに跳ねた血しぶきも、腕の擦り傷も無視して、、お食事タイム。
すっきりしたのかしないのか、頭を拭きながら出てきたキッドが、そのボウイの、どうしようもなく繊細さを欠いた行動に一瞬呆れて、それから笑い出す。
「言った事あったっけー?ボウイのさ、Tシャツ姿、一番すきなんだぜー」
唐突な言葉をどう解釈したものやら、曖昧に返事をすると、いきなりバスタオルが飛んできた。
「入ってこいよ」
「遅い」
不機嫌極まりない声と、ドアを軽く蹴る音。
シャワールームに来てからまだ五分も経っていない気がするのだが、、「今出る」と、ボウイが蛇口を締める間もなく、キッドはシャツ一枚はおった姿で入り込んできた。
「ちょ、キッドさん、ぬれるよー」
「いいんだ。脱いじまうから」
ボウイの裸身に手を伸ばし、唇を重ねる。
ボウイの溜め息の原因がココにある。今夜、キッドは疲れている筈なのだ。なのに、こんな時に限ってこう来る。
「ここで、、?」
「ん、、」
「あの酒のんだ?」
「ああ、コーヒーの、、すっげーいい香り。でも甘い」
「そう?甘いんだあれ」
「てめえで知らねえ物、人に進めたわけ?」
そんな会話もここまで、仕事の余韻も込みのキッドの興奮を、肌で、息で、感じとり、あと一歩で自分が暴走してしまいそう。今夜は踏み出せそうにない、あと一歩。
(俺よりずっと疲れてるくせに)
そもそも、今日ほどの疲れで、これからこんな場所でもいいからやろうという事自体、何か無理がある。
やっぱり、と、思うほど早く、キッドはネをあげてしまう。
「ん、、なんか、、頭、くらくら、、す、る、、」
背を壁につけたままで、その場にズルズルと腰を下ろしていくキッド。ボウイのキスが途中までキッドの肌を追い、そしてやめる。
流しっぱなしのシャワーヘッドを取ると、壁との間に腕を差し入れ、キッドの背に湯をあてた。
「ほら~ここでいいなんて言うから、ンなに冷たくなって」
自嘲気味ながらも、目を合わせての笑みが返ってきて、ボウイはもう本当に他に何もいらないような気がしてくる。
シャワーの流れの中に、今日できたばかりの、痣と擦り傷。それを隠すようにつけていったキスマーク。
「こら、キッドっ。半分以上眠ってるくせに、人のモノ触ってんじゃないのっ。キスして眠ろうぜ」
頑張るボウイの理性。
シャワーを止め、大きなバスタオルでキッドの体を包み丁寧なキスを。
「しっかり勃ってるくせに、、。カッコつけて我慢かよ?似合いも、しねえ、、。遠慮なら、尚更、、、でも、そうだな、今なら俺、、即、寝付けそ、、、う、」
言っている傍から、ボウイの肩に預けた頭が重みを増してくる。
様子を見て抱き上げると、首に腕を回してきたが、それもすぐに力が抜けてかくんと、落ちてしまう。
ベットに下ろすと、寝返りひとつ、本当にそのまま眠ってしまった。
キッドが一口舐めて、そのまま開けっぱなしになっている小瓶から、部屋中に香りを広げているコーヒーリカーを空にしてしまう。
「わ、ほんとに甘い」
服も着けずに隣に潜り込めば、触れあわなくとも背中が温かい。
やってることはかなり身勝手。言葉を額面通りに受けとれば傷つくのはこちら。ふりまわされっぱなし。
でも、確かに頼りにされているらしい実感。
別の夜には、自分がそうしているだろうという予感。
どの夜にも、腕枕はいらない。特別でも何でもない夜。
今夜、たったひとつ特別な事と言えば、キッドが、ベットサイドのいつもの位置にブラスターを引き寄せずに眠ってしまった事。
(明日は不機嫌なお目覚め、、かな。でも、、朝から暴走してやるからな)
不埒な覚悟を身勝手に決めて、眠りに落ちた。
何の事はない。これで結構平和な夜。
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