J9 基地のゲート1

□PACK
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「あと三十分ほどで閉館になりますが、ご入館なさいますか?」

 もうそんな時間か。出口側の混雑に比べて、今から入ろうなんて俺だけらしい。
 アンモナイトから始まって、クロマニヨン人の復元模型、アポロ1 3 号のレプリカ、アステロイド開拓時代のジオラマまで。すっかり人が引いてしまった博物館の中を、見学コースに従って探す事十分。
 コースの本筋から少し外れた、余り広くない展示室の中にアイザックを見つけた。
 あれ?メイとシンは、、、?
 動物の剥製が何体かあるだけの大した展示内容では無さそうな部屋で、アイザックは突っ立ってひとつのガラスケースを見つめている。
 近寄って、喉まで出かけた文句の言葉を飲み込んだ。
 アイザックが泣いている。
 静かに一筋、頬を伝うだけの涙を見てしまった。
 うわ、、、、、見てしまった。
 改めてガラスケースの中を見やると、毛の強そうな痩せた狼。
 アイザックが気づいてサッと頬を拭った。

「とんでもない所を、見られたな」

「ああ」

「紹介しようか。彼はベーティル。古い友人でね、思いがけない所でこんな再会になった」

 本物のウルフと付き合いがあったって?

「ハイ、ベーティル。、、って、間違いなくコイツだって判るのか?」

「右の耳の先、少し切れているだろう?まだ子供のころ、何かの弾みでカラスにつつかれていたのを助けたのさ」

 そう言って右耳から、左の足首に移したアイザックの指の先へ目をやると、確かにそこにも何か傷のようなものがあった。
 地上のドコで友人になれるっての?確か絶滅寸前で、、。

「父方の親戚が、稀少生物保護に関する機関の責任者を一時期やっていてな。保護地域にある観察小屋へ遊びに行っていたのさ。そこで出会った。最も、助けたと言っても実のところ、遠くからカラスに石を投げただけで、友人というのも私の一方的な片想いだがね。その年の夏はとうとう小屋に居座って、彼と彼のファミリーを観察していた。子供の頃さ」

「とんだ、、再会になっちまったな」

 少しの間のあと、アイザックは毅然と首を横に振った。

「いや。どんな、、死に方をしたのかは判らんが、、檻の中で生き永らえている姿を見せられるよりは、、ベーティル自身にとってはどうあれ、私にしてみれば幾分ましだ。冷たいようだがな」

 そんな事はない。あんたはベーティルのために泣いたんだから。
 今までさして好きとも嫌いとも、どっち付かずだった背中のウルフに、妙な親近感を覚えちまう。
 館内アナウンスと静かなクラシック音楽が流れて閉館を知らせ、アイザックは目を丸くした。

「閉館?もうそんな時間なのか?あ、では私が最後か?」

「いーや、まだ誰もっ。ボウイを噴水のとこに置いて来た。で、何であんた一人なんだよ、シン達はどうした?」

 ベーティルに最後の一瞥を優しく投げたアイザックは、俺との身長差なんざまるで気にしない奴に戻って、スタスタと出口へ向かう。

「一通り見終わってから、私だけ再入館したんだ。出来たら一人で彼を見たくてな。丁度、お町が通りかかったのを見つけて、、二人で追いかけて行ったんだが」

 なら、まだお町とフラフラしてんのかな。
 狼のファミリーは、生涯相手の変わらないつがいが数組とその子供たち。パートナー以外にちょっかいを出すと、全員から死ぬほどの制裁を受けるんだとか、、、これダンナのうんちく、信用していいんだろーな?

「でもメスが一番強いんじゃ、どうにもならねえよな」

 これはウチの話。

「違いない」

 まかり間違っても当のエンジェルには内緒の話。ノッてくれて嬉しいぜアイザック。
 そしてメスが子を産むと、実の父でないもの達まで全員で、メスと子の為に餌を運ぶという。彼等の狩はリーダーを中心に全員で獲物にとりかかる、完璧な作戦狩猟だそうだ。
 少々饒舌になっているアイザックからそんな事を聞きながら館外へ出た、その時。
 史上最低な迷子のご案内。

『メイ・リン・ホーちゃんと、シン・リン・ホー君の保護者の方は、、、、、』

 どういうことだっっ!!と、俺が食ってかかるより早く、アイザックはダッと駆け出した。余りの勢いと、方向を迷わず走り出した姿に圧倒されて、「迷子センターの位置まで把握してるとはさすが」なんて思いきや。
 アイザックは園内案内図の前でピタリと立ち止まり、一瞬後、逆方向にダッシュした。




「アイザックさん!」

「ごめんなさい、アイザックさん、、、!」

 アイザックが一着。俺が数歩遅れて立ち止まった時には、左からボウイが、右から買い物を引っ提げたお町が、それぞれ駆けつけた。

「まあ!凄い勢い!こんなお迎えは初めて。私、まだこの係、日が浅いけど、、一番素敵なお迎えです。お子さんに向かって怒り出す親御さんが殆どですもの。ドアの影からお子さんを手招きして、連れてっちゃう方も中には居るんですよ」

 ポニーテールにパステルピンクのブラウス、動きやすそうなパンツスタイル。幼稚園の先生みたいなノリのおねーさん、、失礼、彼女、が、興奮気味に目をきらきらさせてそんなことを言ったので、どうにもそろって赤面してしまう。

「お町と一緒じゃなかったんだ?」

「ええっ?あたし?」

「違うんだ、人違いだったんだよ。ずっと追いかけて行っちゃって、、、見たら知らない人で」

「ええ、お町さんのせいじゃ無いのよ」

 アイザックが膝をついて二人の肩に手を置いた。

「すまなかったな。よく確かめもしないで」

「てことは何?ダンナの手落ちなわけ?!ったく!冗談じゃないぜアイザック!」

 いやほんと。冗談以外には滅多に人の非難をしないボウイが、結構マジで怒ってる。真っ直ぐアイザックだけ見て。
 とたんに、メイとシンがアイザックの弁護に回る。

「でも良かったわ。二人とも『誰と来たの?』って訊いたら黙っちゃって。いったいどういう事情かと思って、心配してたんです」

 そ、それはどーも。
 確かにこんな所で名前を放送されたくはない。俺だけじゃなくて。

「だって、お父さんでもないし、お兄さんとかお姉さんとかも、、、ねえ?」

「オレは、仲間とって言いたかったのに、姉ちゃんが、よけい変だって!」

 なるほど、仲間は正解だが、納得はしてもらえないと。
『誰と来たの?』って、、それですらだめな事情もあるよね、、ここに。

「でも本当に良かった。二人とも、こんなに一生懸命走って来てくれる人が四人もいて幸せね」




 ブライサンダーへ向かいがてら、ボウイが二人に耳打ちするのが聞こえた。「ああいう時は、家族と来てるって言っちゃえよ。嘘になんかなんないよ」だって。
 隣を歩いてたアイザックが、さっきの続きを始めた。

「一匹狼という言葉をいい意味で使うのは、人間が勝手に作り上げたイメージだ。狼社会の中にもはぐれ者は居るが、それは群に害を為す事がはっきりして放逐された者だけなんだ」

 そっかー、、ロンリーウルフがかっこいいって、誰かが勝手につくった事か。
 いつでもファミリーで動く、狩る、守る。、、育てる。
 俺も、、そうだな、ボウイが家族って言い切っちまったように、ココにコイツらと居る限りは、一匹狼を気取る真似はしない事にしておこう。
 出来るものなら、限り、ではなく、、狼のつがいのように。
 さあて、巣穴に帰ろう。





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