J9 基地のゲート1

□日の沈む草原を
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 J 区に舞い戻り、奮発出来たか怪しい昼食を済ませると、今度はウエストゾーンの南外れまでやって来た。まだ未整備の隕石群が割り合い狭い間隔で群れているこの辺りは、暴走族やスピード狂どもの腕試し場と化している事故多発帯。

「やったぜ!!ヒダルゴの連中来てねえヤ!いやっほう、遊ぶぜ、シン!」

「今ならポリスも出てきてないよ。ぶっ飛ばしちゃえボウイ!」

 瞬間、大気圏内での落下かと錯覚するようなスピードで、隕石の群れへ飛び込んでゆく。敵意でも持っているかのように、ひっきりなしに目前に迫る隕石を、まるで磁石が反発するように、ふっ、ふっと、あっけないほど軽く回り込む。
 ポリスはもとより、ボウイ相手に暴走族ごときが手出しの出来るものではないが、用心に越した事はない。何しろ以前、コネクションから応援が出てしまい、捕まる所だったという前科付きの遊びだ。スピードだけでは解決出来ない事もあるのは事実。
 しかしその事実、、スピードだけで解決出来ないトラブル、、をクリアし、更にはチェイスではなくバトルをクリアして行く事に、、、快感を得る自分を見つけたボウイでもある。
 腕試しの一番難易度の高いコースを二周半。傍から見れば飛び抜けた腕前だが、本人は少々不服があるらしい。

「うーん、あの平べったい隕石のトコはもっと突っ込める筈だがなぁ」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、しかし今日の所は気がすんだらしい。シンも満足そうに頬を紅潮させている。ボウイのスピードを楽しむのを知ってしまったら、お子さま向けの遊園地が面白いワケがない。

「ねえ、もうこの前みたいなレースには出ないの?」

「カッシーニラリーか?マシンに爆弾なんてもう懲りごりだぜ」

「ボウイがレースで走るとこ、また見たいな」

「簡単に言うなよぉ。俺ちゃんはね、あの世界からすでにドロップアウトしてんのよ」

 そのカッシーニとて、ラーク社の依頼の件を抜きにしても一騒動であった。何しろ、若干十八歳の世界最速の男が、突然、勝てるチームとの契約延期のサインをせずに消え、しかもどこのチームとも新たに契約を結んでいない。もっと言えば、その業界内だけでなく、世間一般のレベルで行方が知れないままなのだ。その彼が走る。騒ぎにもなろうと言うものだ。

「そりゃあねー、単発のラリーか何かでプライベート参戦ってならまだテはあるけどよ。それだってフツーはみっちりばっちり、その日のためだけに時間も金も注ぎ込んでヤラニャ勝負にならんのよ。それ以外のレースったら、、うう、、キミに説明するのはかなりしちめんどくせえって、有り様よ」

「ふうん、むずかしいんだ。マシンとパイロットは居るのにね」

「って、ブライサンダーの事かぁ?」

(コイツは、、、俺の一等お気に入りの子猫ちゃんは、バトルマシンだ。チェッカーフラッグは受けられない、、)

 ボウイの胸の奥で、自らが刻み付けた現実が、キンと、反応する。

「だぁめだって、これは。そりゃどこへ出したってピカ一早いけどな、規格に規制!車検が通らない所の騒ぎじゃないって。内部見せらんないよ。だろ?」

「うーん、、、だねぇ、、」

 シンはすっかりしょげてしまった。しばらく黙っていたが、おずおずと尋ねた。

「じゃあ、、J 9 に居ると、レースに出られないんだ?」

 そろそろ話を迂回路に引っ張らねばと、ボウイが思っているうちに、来そうな気がしていた質問が、来てしまった。

「J 9 に居なきゃ、ブライサンダーには乗れないんだぜ。今更ラーク社に戻る気もなきゃ、他だってごめんだし」

 シンに対する答えとしてはまあまあの出来かも知れなかった。が、ボウイが復帰出来ない理由はまだあった。即ち、裏の理由が。
 J 9 結成から、一年弱。J 9 が、そのメンバーの中に飛ばし屋ボウイを抱え込んでいるらしいという噂は、正規軍脱走とほぼ同時に裏社外に名を広めたキド・ジョウタロウよりはかなり遅れたものの、そろそろ地下組織間を中心に囁かれ始めている。レースという表舞台に立つことは危険極まりない。そればかりか、無関係の大観衆や、レース関係者も只では済まないことになる。
 更に地下組織での噂は、遠からず何処かで繋がっているであろう大手メーカーのトップクラスの耳にも届くはずだ。スティーブン・ボウイはコネクションとトラブルを起こしかねない危険人物だ、と。
 出てきたのは自分の意思でも、復帰の道はJ 9 ゆえに絶たれた。もう既に遅いのだ。本人が一番良く知っている。
 ブライサンダーという、とんでもないマシンをエサにした、かなり強引なアイザックの、ボウイ獲得作戦であったが、そのエサに食らいつき、甘んじて釣り上げられるのを許したのはボウイである。
 当然アイザックはだめ押しの確認を欠かさなかった。この世のほんの一握りの者にしか与えられない栄光。それを存分に浴びた男を、裏稼業に引き込む。相当立ち入った話も無くはなかった。その時既に、ボウイは覚悟を決めていたのだ。
 ライバルを抜くのではなく、敵を墜とす。

「じゃ、じゃあいいの?ボウイはもう、、」

 尊敬する世界最速のレーサー、飛ばし屋ボウイが表舞台から消えていくさみしさか、それとも彼にその道を示し、結果的に選ばせた後ろめたさを、アイザックに代わって伝えようと言うのか、シンは口ごもる。
 ボウイとしては、もう一押しのフォローが必要のようだ。

「そゆこと。いいか?今あの世界に俺より速い奴が居るか?答はNO だ。俺ちゃんがあっちに戻っても俺ちゃんが勝つし、逆さま考えてジム ハロルドでも、、ま、誰でもいいや、あっちの奴がJ 9 に来たって、やぁっぱり俺ちゃんよりJ 9 のパイロットをうまくこなす奴なんか居ない。だったらちまちまとラップタイム縮めるのなんかより、子猫ちゃんでお仕事してた方がよっぽどこの腕、ご披露できるぜ」

「もう、しょってるなあ。どっからそんなメチャクチャな自信でてくるのさ」

「イェイ。事実だもんね。あいむ あ なんばあ わんっ!」

 ようやくシンにも笑顔が戻って来た。「金星でのドジ忘れたの?」等という突っ込みが出るほどに。

「でもな、シン、俺ちゃん一つだけ夢があんだ。教えてやろうか?」

「うん!なあに、なあに?」

「J 9 のメンバーでな、プライベートチーム組んでさ、ラリーに出るんだ。宇宙じゃなくて、ちゃんと地面走るやつさ。それこそ何十日もかけて大陸横断するような」

 まさに夢物語。ボウイにはよくわかっている。誰よりも速く、という少し昔の夢は己の手で実現させた。が、これは決して実現のかなわぬ、夢の中の夢。それでもシンと同じように、目を輝かせずにはいられない、血が騒がずにはいられない。

「すごい!ソレすごいやボウイ!もちろんブライサンダーだよねっ」

 目の輝きそのままに言葉が出たあとで、かなわないかも知れないと、シンの小さな胸にもよぎる。はっきりせずとも、それを感じ取ることの出来なくはない年齢である。そんな行き先の不安を、幼い思い込みで打ち消すのではなく、、飲み込んでしまえる。アイザックが手元に置いて居るのは、やはり何処かただ者ではない十歳。

「ご名答!ナビはお町かキッドにやらせてさ、アイザックにカミオン トラックで走らせて、、。シベリアのツンドラ地帯をかっ飛ばすのもいいし、ロッキー超えもいいなっ。カーメンさえ出なきゃ砂漠が最高だぜ。飛びっきり苦しくて」

 すっかりその世界にハマっているボウイに、シンが口を尖らせて尋ねる。

「オレや姉ちゃんはどうすんのさぁ」

「はっはあ!来ると思ったぜ。もちろん一緒さ。いいか、シンはメカニックチーフだぞ。メイちゃんも忙しいぞぉ、何十日もテント生活だからな」

「メカニックチーフ、、、」

 お調子者の言う事とは知っていても、思わぬ栄誉にシンの頬は紅潮している。

「他の奴に言うなよ」

 絶対フラれそうだから。

「シンを見込んで聞いてもらったんだからな」

「うん、うん言わないよ。だけど、絶対やろうね、いつかきっとね」

 拳を握った腕をぶつけ合い、微笑みを交わす。




 J 9 基地が見えて来た。
 寝苦しい夜になりそうな、ボウイの予感。
 翻るチェッカーフラッグ。今の仲間の、誰も味わった事がないだろう、目眩を起こしそうな歓声。周りを満たすのは、肉の焦げる臭いではなくオイルのそれ。殺意のない熱気と喧騒。前後へ、左右へ、チラつくライバル。誰かが上げる黒煙を目の端で捕らえながらも、前へ進む事しかない世界。
 一晩中リアルに、肌に蘇りそう。

「前に居るヤツをマトモに追い抜いてたら、ケツを取られてオシマイになっちまわ」

「何?なんか言ったボウイ?」

「な?なははははっ、なぁーんでもねえーっ」

 万が一でもオシマイになんかはしない。愛機のコックピットは、搭乗者四人なのだから。
 アイザックの声を聞いて、メイの笑顔を拝んで、お町とじゃれて、キッドの部屋に行こう。
 レース三昧に狂って、気がつけば唯一手に入らなかったもの。帰る場所。帰ろうという意識の向かう場所。
 そのゲートへ、ほら、もう滑り込んだ。



 今夜、シンは夢に見る。
 日の沈むステップ地帯を駆け抜け、氷河のクレバスを飛び越えて行くブライサンダーを。
 そして、無人の砂漠で、一つの焚き火を囲む仲間たちを。






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