J9 基地のゲート1
□BROTHER
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「ダンナー、いるー?」
能天気な声をあげて、ボウイがアイザックの私室にお邪魔する。
その日の裏側のニュースと、ラスプーチンやポンチョからの情報を照らし合わせていたアイザックが、センタールームのコンピュータと直結してあるパソコンのスイッチを静に切った。
「どうした、急用か?」
あと何十分かで日付が変わる時刻である。
「いや、ちょっと匿ってくれ」
「誰から?」
キッドから、なのは顔を見れば解る。わざわざ訊くのはアイザック流の意地悪。
「言わずと知れたキッドさんよっ。あーのバカ、人のメット勝手に持ってって、無くしてきちまいやんの!まだ新しかったんだぜー」
「それが本当なら、匿ってくれと言うのはおかしなものだな。キッドが悪いのだろう?」
そうセオリー通りにいかないのが、この二人のトラブルである。如何なアイザックと言えど、毎日顔を付き合わす身であっても、そのあたり、本人同士にしか解らない微妙な関わりかたをしている。
解らずとも見ていればパターンくらいはつかめるし、そこに恋愛感情が絡んでいるのも重々承知。が、やはりアイザックをしておかしな関係と言わせるだけのややこしさがある。
「なんだっていいじゃんよー、ダンナが介入するほど深刻なもんじゃないってば」
「それは何より。が、深刻だろうとそうでなかろうと、私はお前達の喧嘩に介入するのは御免だな。ま、せっかくの来客だ。コーヒーくらいいれよう」
各私室に備え付けの、極く簡単なキッチンに立ってインスタントのコーヒーをいれてきた。ボウイが自分で持ち込んだカップである。ついでに灰皿。これもまたボウイの持ち込み品。
キッドやお町もふらっと現れてだべっていくこともあるが、一番の長居はボウイ。一番ちょくちょく顔を出すのもボウイだった。最も、ボウイは誰の部屋でも長居をするタチではある。
インテリアを兼ねたアンティークな地球儀と、こちらは全くインテリアのクリスタルの小さな天球儀を、くるくると回して弄びながら、ボウイはすっかりこの部屋に馴染んでしまっている。
「ねー、アイザックの居たのって、この辺?」
「ああ、もう少し東寄り、、かな」
「素人質問だけどさぁ、やっぱり寒いんだろ?冬、長そー」
「その分、短い夏はとことん外で遊んだよ。ある年はファーブル少年で、次の年にはシートン少年に変身していたり」
地球儀を膝に抱え込み、机の空いたスペースに腰掛けて、ボウイが笑う。
「あはははっ、なぁるほど、昆虫採集に動物観察かぁ。俺ちゃんそういう経験はないけど、アンタなら短期間でトコトンやったんだろうな」
「植物採集に、化石発掘、、これは見つからなかったがね」
今夜はもうアイザックはデスクに座らない。ボウイに付き合うつもりでソファーに落ち着いてしまった。
ボウイととりとめもなく話しているだけでアイザックは気持ちが軽くなるし、ボウイは逆に落ち着いた気分になる。互いに気分転換には最適の相手かもしれない。そんなこんなで、深刻にならない程度、けっこう自分の事を話したりもする。
「出来れば、、シンにもそんな環境をあげたいとは思うんだが、、」
「そりゃ最もかもな。俺も時々思うよ、マトモな空気と風と、オヒサマ、、欲しくなる。俺だってさ、ウエストJ 区は好きなんだ。なんたってこういうガラの悪い場所は、てめえの庭みたいなモンだからさ。けど、キッドは違うみたいだな。宇宙空間そのものが好きらしいよ」
アイザックが視線を手元に落とし、わずかに考える気配を見せる。やがて顔を上げると窓の外を見やって口許が少し笑う。
「私もキッドと同類らしいな。おかしな話だが、今まで考えた事がなかったよ。ここが好きだ。暗くて、冷たくて、、人工のメタリックな空間がなければ生きていけないのにな」
「あ、似たようなこと言ってた。面白いトコで意見が一致するんだな。アンタとキッドの共通点てどこだろうなぁ」
性格的な攻撃力がおおまか外に向かう点と、地球の大地より宇宙を好む点は、何か関わりがあるのじゃないかとアイザックは思う。
ボウイの性格の激しさは認める。が、それは養われたものであって生来のものでないだろうとも思う。レーサーという職業を得て、その攻撃力を爆発的に外に向けて解き放つ術を身につけたボウイである。だからこそ、こんな仕事も可能だ。
「さあな。お前から見て私とキッドはどこか似ているか?」
「さあねぇ。キッドは俺に抱かれてもくれるが、俺とアンタが関わると一方的に俺がやられちゃう」
それでも時としてボウイの攻撃力は内側に向かう。極端な話、何かショックがあると弾みで自分のせいだと思ってしまいがちな所がある。無意識のうちに自分を虐げ、攻め立てるような一面を見せる。
「馬鹿な事を、、いつかの二の舞を踏みたいのか?」
机からトンと降りてソファーに来たボウイと入れ替えに、立ち上がったアイザックは、改めてコンピュータ類の電源を落とし、通信室からの回線がここに繋がっている事を確認する。
「まぁさか!もう懲りたってば」
「シャワー使って来るが?」
「あ、どうぞ、部屋ぬし様。その間に居なくなってるかもしれないし、居座ってるかもしれないし」
幼児期に自分は捨てられたと感じた子供は、、それが事実であろうとなかろうと、本人がはっきり自覚しようとしまいと、、そう感じてしまった子供は自分が悪い子だから親は怒って居なくなったのだと思い込む気来がある。それがどんなに間違った認識か、幼児心理のなせる技で心の深層に焼き付けてしまった本人には解らない。自分がその時、そう感じてしまった事すら気づかずに自分を追い詰める者も多い。
親に捨てられるというのは子供にとってこの世のすべてに捨てられるのにも等しい。年齢が低ければ低いほど、である。
そして巨大な喪失の恐怖を二度と繰り返したくない自己防衛と、失くしたモノを取り返したい行き場のない欲求の狭間に落ちる。
失うのが怖くて人の心に接近できず、そのくせ人恋しくてたまらない。
(ボウイは、、ここに来た時点で、そうひどい状態ではなかった、、)
本格的に学んだ訳ではないが、犯罪心理学をやったオマケで多少は理解している。
ひどい状態に陥らずに済んでいたのは、やはり、レーサーという天職で存分に発散ができていたか、それ以前の人間関係によって安定を得ていたか、その両方か。
(そこへ持ってきてキッドか)
シャワーを止めて、アイザックは笑いたいような、哀しいような気分になって結局、苦笑いする。
親に、いらないと、宣言されてしまったような、自己のアイデンティティーに不安を抱え込んだボウイが、突然怒濤のようにキッドに惹かれ、そのキッドから強烈に必要とされる事で、ますます安定をみている。
本人同士はただ、どうにもならないくらい惹かれ合っているだけである。
どうして二人が惹かれ合ったのか、、そこまではアイザックも考えようとは思わない。分析上手のアイザックといえども、それを言うのはいくらなんでも野望で無粋だと承知している。恋に落ちた理由を理解しようとしたところで始まらないし、考えなくてもいい事だ。
ただ、、そうなったのは二人の勝手だが、、結果的に二人を引き合わせたアイザックとしては、この強くて危なっかしい結びつきを、少なからず守ってやりたいという意識が働いている。
何もそんな事までアイザックが責任を感じる必要もない訳で、、そんな意識が働くのはアイザックの性分なので仕方ない。
守ってやりたいと、思ってはみても、第三者がしてあげられるような事は大してない。せめて、、、仕事上で取り返しのつかない失敗だけは、、、それだけである。