J9 基地のゲート1

□嘘
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 翌早朝。カプチーノの運動のため五時起き。
 でも、やかましい目覚ましじゃなくて、カプチーノが鼻先でつついて起こしてくれたから、中々気分のいいお目覚めになった。
 取り合えず昨夜のヘンな不安は、気のせいで片付けられそうだ。
 テラスの方のカーテンを思い切りよく開けると、上々の天気。
 正面にある木から、俺に驚いて飛び立つ小鳥を目で追うと、、、枝の間に何か光った。
、、カメラ、、?!
 鳥が飛ばなきゃ、きっとわからなかった。そのまま気付かぬフリで視線を外す。
 寝室から出てきたキッドをドアの向こうに押し戻し、まずキスから。

「夕べ、パスしてごめん」

「女の子じゃあるまいしキスのひとつで機嫌そこねやしねーよ。謝るな」

 それもそうだな。

「あのさ、テラスの正面の枝にカメラが取り付けられてる。あれじゃリビングからキッチン辺りまで丸見えだけど、どうする?木登り?」

「先に言えよ、そういうコト」

 ちらっとカメラを確認したキッドは思い切った事を言い出した。

「ほっとこうぜ。昨日、俺達だけになってから嫌がらせ電話だけだろ?スライトさんはさ、猫の死体を投げ込まれたとか、、結構ひどい事、頻繁にあったって言ってた訳だからさ、それが下火になって来たってノは、向こうも脅しだけじゃコッチが出場を辞退しない事が解ってきたのさ。次は、直接来るぞ」

「納得。本番二日前だしな」

「始めはサ、散歩中に車がトッ込んで来るとか、事故に見せかけてって線が強いと思ってたんだけどな。昨日ジェシカと話してるうちにさ、カプチーノを傷つけないでさらいに来る可能性の方が高そうだと思えてきた」

「お犬サマ誘拐?」

 うん、カプチーノなら売っ飛ばせば相当な金になる。毎年ショーの開催地になってるトコの市長なら、俺達よりよっぽど優勝犬の価値は知ってるってか。

「カプチーノは表舞台に出なくても、種を残せるからな。あ、メスは種じゃないか」

「コラコラっ。あれ?ンじゃカメラがあるってノは、、何だ?!ココに忍び込む下見をしてんのか?」

 うひゃー、馬鹿な奴等。

「多分、としかいえねえけどな。それに、俺達のこと知りたいんだろ。気丈なご婦人の代わりになんか知らんがガキが二人きた、、ってさ」

 キッドはおかしくてたまらないと言った感じでニヤニヤしている。

「だからさ、今日一日たっぷりと事態を甘く見てる間の抜けたガキ、、で、居てやりゃ、今夜あたり来るんじゃない?」

「キッドさんてば大胆。お誘いしちゃうのねO.K. 。そうと決まれば、窓全開で、鍵かけ忘れたまま、、さっそく運動させに行きましょ、カプチーノがお待ちかね」

 夕べのは散歩だったが、今度のはしっかり運動。スライトさんのスクーターを使って、今日は川向こうをたっぷり走らせてやり、キッドもジェシカのスクーターを借りて着いてくる。事故に見せかけて、の線も捨てきれる訳じゃないし。
 幾ら広いキャンプ場と言ったって、五十頭からの犬がバラバラに行動してはさすがに混乱するらしく、ある程度運動時間を割り振られている。が、やっぱり何頭もの犬とすれ違う。

「ボウイーっっ!」

「あーっっ?」

「なんかさー!他の犬、見てるとさ!カプチーノだけが目の敵にされるの、解る気がするなー!」

 えへへへ。

「いっちばん綺麗だろーっっ?」

 スクーターを走らせながら、他の出場者たちに聞こえそうな大声で言う。
 だってほんとうにそうなんだ。
 カプチーノと言うよりはミルクティ色の、シルクの毛をなびかせて走る姿は見事としか言いようがない。
 これはちょっと優越感。ブリーダーの気持ちが解る気がする。




 仕事が面白そうな展開になってきて機嫌の良かった朝も、ゆったり過ぎるくらいゆったりと時間が経つに連れ、段々と俺は昨日のヘンな感じの空気に流されはじめた。
 キッドは俺達から離れる訳にいかず、俺は、ヒマだからといってやたらに外を歩き回るのも考えものだし、二人と一匹は結局、部屋に居続ける。
 それでも午前中はカプチーノの為にする事もあり、キッドはカメラから見えない寝室でアイザックにこちらの状況を説明したり。
 午後になって、カメラの向こうで俺達を見ている目があるという状態にも慣れが出てくる頃になると、俺はもう無性に動きたくてたまらなくなってきた。銃撃戦でも何でもいいから、キツイ事がしたくなる感じ。
 J 9 基地に居る時はどんなにヒマが続いてもこんな気分になる事はないし、この同じ場所に本当キャンプに来たなら楽しいだけだろうに。
 ちょっとした気晴らしを思い付いて、備え付けの電話をとった。

「あ、管理センター?A の5番のログハウス使ってるスライトさんの代理なんだけど、外線つないでくれる?スライトさんの犬舎、そう、その番号。、、、ハロー、、あ、お町っちゃん?俺ちゃんー。ふふん、ワンコールで出るトコ見るとそっちもヒマこいてんな?うん、俺ちゃん早く帰りたい。いや、カプチーノとは上手くやってるよ。え、なに?ピーターラビットぉ?!あはははっ、そりゃあ重症だなー、、、」

 ウィンダミア湖から、ふたやま、みやま、よやま越え、、た辺りにあるスライトさんの犬舎はアフガンばかり数頭飼っているそうだけど、大会の時は犬好きの御近所が交代で世話をしてくれるので、お町は犬の世話はしなくていい。
 他の犬を盾に取られるのを心配してのお町サン出動だったけど、詰まるところ何も起こらず、かなり退屈のご様子。広ーい犬の運動場の、柵の影から飛び出したウサギが、青いジャケットを着ていると錯覚するほど、イングランドの田園風景にどっぷり浸かっているそうだ。
 俺の目の前にも、時計をぶら下げたウサギが出そう。イン、ワンダーランド。
 ウサギは悪い奴じゃないけど、ついていくとロクな事にならない。
 受話器を置いた途端、俺は後悔した。気分が沈んだ時にかけるたわいない電話は、話し中はとても楽しいけど、切ったあとはダイヤルを回す前よりもっと気が重くなる、、、という事実をすっかり忘れていた。

「あーっ、もう!本当にホントに何も起こらねぇな、今日はっ」

 とうとう、昨日からの鬱屈をそういう言葉にして吐き出した。
 ビーチチェアをテラスに戻して川風に吹かれながら、ブラスターを磨く代わりに、簡単に五線を引いた紙とペンを手にしていたキッドが、軽く伸びをして足を組直す。

「何をそんなにソワソワしてんだよ?三日も四日も張り込みとかするよりずっとマシだろ?早く帰りたい、なんて珍しいじゃん。いつも地球で仕事あると、終わったら二、三日遊んで行こーって、言う癖にさ」

 痛いところを突かれた気がする。
 こんな時は大概、多少恥ずかしい悩みゴトでも言ってしまうけど、今日は適当にごまかしてしまった。だって、どこを突かれたから痛かったのか解らないんだ。解らないものは訴えようがない。キッドを相手に俺がまともにごまかせる筈もないんだけど、機嫌がよけりゃ知らんフリしてくれる事も多い。
 だけど、二度目は効かない。
 言って聞かせる事がないのなら、二度目なんて言う状況を作り出すバカをする前に、、、キッドが脅迫じみた突っ込みをかける前に、俺はスッキリ元通りになるべきだ。
 それに、キッドがどうこうより、まず俺自身、何だか訳の解らない不安の理由を考えてもやもやしてるのは、いい加減かったるくなって来た。
 O.K. そうしよう。どうせ普段やるような仕事の部分はキッドに任せるって自分で言っちまったんだし、俺はカプチーノの事だけ考えて、この静かな場所に、、、、馴染んでしまえ。
 J 9 基地での平和とはかなり毛色が違うけど、どうせ今だけの話じゃないか。宇宙に戻れば今まで通りさ。
 そう決め込むと、何となく気が軽くなって、これ幸いとばかりに鼻歌など歌いながら、やたらめったら手間のかかるカプチーノのブラッシングに本腰を入れはじめた。
 結果的に、、、、この時点で俺はウサギの後について行ってしまったのだ。
 ブラシは種類の違う物がそれこそ十種類近くもあり、スライトさんは丁寧なことに一本づつラベルを打って使う順を教えてくれた。
 手間がかかると言っても、カプチーノの毛に触れているのはすごく気持ちいいので苦にはならない。さらさら、、というよりもっと細い感じのする、俺が毛の中に手を入れてるのじゃなく、毛の方が俺の手に絡まって来る感じ。犬ってより、ロングヘアの猫みたいだ。

「お前、ほんとに気に入られてんなぁ。アフガンってわりと難しい犬なんだぜ」

 五線譜とにらめっこするのに飽きたのか、俺の鼻歌が耳障りだったのか、キッドが手元から目を離して言う。

「らしいねー。犬の癖に気位や独立心が高くて飼い主にでも媚びないから、強引に言うこと聞かせちゃダメだってノートに書いてあった」

「それに確か、サイトハウンドタイプだから、運動量も並みじゃない。だろ?」

「え、うん、、運動量豊富とは書いてあったけどサイトハウンドって?何ヨ、キッドさん犬の事なんか詳しいわけ?ジェシカ嬢から仕入れたネタ?」

 キッドはニッと笑いながら人差し指を立ててピッピッピと、横に振った。

「大昔に習った軍用犬に関するお話だ。色気なくて悪いね。習っただけで犬と組んだりしなかったからサ、思い出すのに今までかかっちゃったワケ。サイトハウンドってのは、要するにそのまんまの意味さ。目で獲物を確認した途端にキチガイみたいに走り出して、獲物が弱るまでとことん全速力で追いかけるってタイプ。それに対してセントハウンドタイプってのは、鼻で獲物を見つけて、逃げてもどこまでも鼻を使って足跡を追って来る」

「へェーっ!そうなんだぁ」

 カプチーノを見てると、中々そういう激しい所があるとは想像つきがたいけど、やっぱりハウンドはハウンドってことか。

「セントハウンドは我慢強くて、ご主人様見てください!追い詰めました!、、って奴だけど、サイトハウンドは一度獲物に取りかかると飼い主そっちのけで猟欲剥き出しで、自力で仕留める事の方が多い、、と」

「あ、成程、だから気位も高いわけだ」

 一々納得してうなづいてると、キッドが部屋の中に戻ってきて話を続ける。

「そゆコトだろうね。ガンドックグループなんかだと、もっと我慢強い。バードハンティングに使われるらしいけど、ぎりぎり接近するまで猟欲を押さえておいて、バッと飛びかかる。そいで飼い主が銃を使い終わるまでは絶対身動きしない。犬ながらご立派なんじゃない?誰かも見習ったらー?」

「何それ、俺ちゃん邪魔だけはしてないつもりなんだけどなあ」

「まあね。邪魔はしてないさ。けど、誰だっけな、、こないだ『来るな!』って言ったの無視して敵の真ん中を駆け寄って来た奴は。ガンドックだってドジ踏むと自分が飼い主の的になっちゃうんだぜ」

 ううっ、先月の話をまだ言ってる。




 
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