J9 基地のゲート1

□嘘
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 キッドがキャンプ場の外で仕入れて来たピザと、トマトをザクザク切っただけの晩飯を食いながら、お互いに報告、、、っても、俺の方は大して無いけど。

「こっち隣はセントバーナード。恰幅のいい爺さんがブリーダーで、ハンドラーは三十くらいのあんまし背の高くない奴だけどさ、問題は向こう隣さ。誰だと思う?」

 横着して大きく切りすぎたトマトを持てあましながら「さあ?」と首を傾げる。ちなみにブリーダーってのが飼い主つうか繁殖を手掛ける人つうか、、で、ハンドラーは何とゆーか、要するに大会の時に犬の綱を持って一緒に出場する奴の事だ。スライトさんとこの犬舎はそう大きくないのでハンドラーも自分でやる。

「例の市長の孫娘だよ。ジェシカ・アダムズ。二十一歳。犬は純白のグレートピレニーズで、アネティ・ホワイト・、、ナントカカントカ号。アネティって呼んでいいってさ」

「何?もう本人とお話ししちゃったワケ?ふーん、、で、ピレニーズってどんな犬だっけ?」

「、、、、おい。聞くコト違うだろう?」

「あ、ごめん、お仕事よね」

「そおじゃなくてっ、、いや、それもそうだけどさ!フツーここは、どんな娘?美人?の、パターンだろが?ったくもう、あっという間に愛犬家になっちまうんだから。ホントに何やらせても順応性高い奴だなー」

「わ、悪かったねっ、パターン外しちまってよっ。流されやすいタチってはっきり仰ってくださいまし」

「ばぁか、半分は誉めてんだよ」

 残り半分はやっぱ馬鹿にされてんな、、なんて思いつつ、ちょっとだけ甘い声を出したキッドに「そりゃどうも」と軽く頭を下げ、お仕事の話に戻る。
 彼女、ジェシカ・アダムズはキッドが犬に関して素人なのが解ると、結構気さくなお嬢さん、、ちなみにショートカットの美人だそうだ、、で、自分の爺さんが大人げないことをしてるのは知りもしないらしい。
 キッドは仕事上の下心、、だけか?、、で、犬の事から町の事、大会の事と、巧みに話題を引き出し、延々とアネティの散歩に付き合っていた訳だ。ピザ屋も彼女のお薦めらしい。
 面白かったのは、ジェシカはほんとにお爺ちゃん子で彼が大好きなのだけど、誰もが手を焼くワンマンの頑固な年寄りを、正面から叱り飛ばせるのも彼女だけらしいという話。

「それ、真に受けていいなら、おもしろそーな展開が望めそうじゃん?どうなのサ、彼女」

「結構気が合う。後で目がどう出るか、、、俺は、悪いようには転がらないと思うぜ」

「彼女を信用してみるって?」

「逆だろ。俺達が信用してもらえなきゃ」

「O.K. 任せるよ。あ、キッド悪いけど先にシャワー使っちゃって。俺ちゃんカプチーノを入れてやって後で掃除しながら入るから。っと、その前に散歩。ガードよろしく」

「しゃあねえ、ボウイごと守ってやるか」

「あら嬉しい。って、いやマジでさ、俺がソッチ方面ちらちら気にしてたんじゃカプチーノに伝わっちまうんだ。食が細くなったりされちゃまずいし、冗談ヌキで今回そうしてくれると助かる。負担にならなきゃサ」

 コネクションが血まなこで絡んで来る訳じゃないから、カプチーノにかこつけて。でも影響よくないのは確かだし。

「負担だぁ?誰にもの言ってんだテメーは」

 という次第で、俺は臨戦態勢を解かせてもらうことにした。今回の仕事はカプチーノのお世話、だ。たまには一歩引いて、、いつもは一歩遅れてだったりして、、キッドの仕事っぷりを眺めてんのもいいかもしんない。



 月明かりの川っぺりを軽く散歩させている間、どちらもたいして口をきかず、互いの仕事を邪魔しないようにした。
 何だか、妙な気分。
 カプチーノの好きなペースで俺は先に歩き、キッドは後ろからぷらぷらついてくる。
 こんな風に歩くのは、、何て言うか、よくわからないけど、、変な感じがする。

「どうした、ボウイ?いきなり振り向いて」

「ん、、いや、ほんとにお前かなって、、いや、ごめん」

「何ひとりで解んねーコト言って謝ってんだよ」

 ほんとだよね。キッドに任せたって言っても仕事中には変わりないって、解ってるつもりなんだけとな。



 部屋に戻り、いまいち不慣れな手つきでカプチーノのシャンプーやら、ブラッシングやら。
 キッドは最後にログハウスの外回りと戸締まりをして寝室に収まったけど、俺はまだ彼女の長くて美しい毛と格闘してリビングに居る。新しい敷物を出してやると、どうやら彼女は寝室ではなくリビングで眠りたいらしい。

「キッドぉ!俺こっちで寝るから、そのダブルベット占領していいぞー」

 キッドとカプチーノは何だかおかしな関係を作り上げていた。キッドが帰って来た時のやりとり以来、あたらずさわらず互いに干渉しない。でも嫌いあっていないのは確かだった。気まぐれにキッドが頭を撫でれば、案外優しい目で見上げるのだ。

「じゃ寝室のドア、開けっ放しといてー」

 カンバス地の木の椅子だけでソファーって物がないので、テラスにあったビーチチェアを運び込んで背もたれを倒して寝ることにした。
 うつ伏せに寝てぶらんと手を下ろし、すぐ脇に寝そべっているカプチーノのシルクみたいな毛を撫でてみる。
、、、静かだなー、、、
 周りを取り囲む木がさわさわいったり、すぐ先の川の流れる音、はする。普段そんな音のする状況で寝てないから、耳につくかと思いきや、却ってその音がするせいで何も音がしないより静かな気がする。
 初めてかもしれない。風と水と木の音の中で眠るのって。筋金入りの都会っ子だしな。
、、、サバンナのオアシスにある村だってこんなじゃなかった、、、
 そりゃそうさ、ラリーの中継ポイントが静かな訳ない。迷って遅い時間に到着するマシンや、明け方まで修理やチューンしてる音。普段はもしかしてココより静かかもしれない村に、俺達が持ち込んだ人工的な騒々しさと、戦いの気配に満ちあふれて、、、。
 明後日の朝にはアイザック達が戻る。明日一日、出来るだけ早く過ぎてくれるといいナ。
 あんまり長く、こんな静かな場所に居ちゃいけないような気がする、、。
 キッドに任せるなんて、言わなきゃ良かったのかもしれない。水と緑に囲まれた、いかにも平和そうなロケーションのいい場所で、最初から遊びに来たのならまだしも、、臨戦態勢を解いたりしたら俺は、、。

「ボウイ、、寝たか?」

 隣の寝室の、多分ベットから下りもせずにかけるキッドの声も、何だか遠慮しすぎなくらい小さい。

「なに?」

「仕事中だからって、、キスくらいはしろよ」

「なら、こっちまで来なよ」

「ヤだ。カプチーノが見てると気になる」

「じゃパス。明日の朝な」

 ロケーションが良すぎて、コンディションが悪すぎら。キスなんかしたらそのままずるずる落っこちていく。キッドに向かってなら、俺はどうせ落ちるトコまで落ちちまってるけど、そうじゃないどこか違うところ、、キッドが付いてこられないような、、俺達に不似合いなところへ落ちそうな気がする。
 朝までほっといてくれ。単なる気のせいかもしれないから。

「キッド、寝ずの番するの?」

「いや、少しは眠るよ。キャンプ場にうじゃうじゃ居るお利口な犬に、全く騒がれないでカプチーノにナンカしようとしたら、手は限られてるさ。ほんのちょっとの騒ぎで大会そのものが中止になっちゃうくらい、飼い主たちも敏感ときてる。市長サンだってそんな不名誉は避けるだろ?」

「そか、じゃ俺、仮眠じゃなくてほんとに寝るわ。おやすみー」





 
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