J9 基地のゲート1

□嘘
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 例えば、何時間か後までに自分に割り当てられた仕事を始末して、メンバーの誰かと合流して元気な顔して見せるコト。
 例えば、何週間かしたらメイとシンの誕生日だから、さてどうしようかと考えるコト。
 例えば、今の調子で何年か使っていたら確実に子猫ちゃんがオシャカになる日が来るだろうと思うコト。
 その場をつなぎあわせるアウトロー稼業にあっけらかんと馴染んでいる俺だって、その程度に当たり前な(先の事)なら考える。
 でもそれ以上は、やっぱりヤバそうだから考えない。
 何がって、時間的な(それ以上)もそうだけど、キツいかなって思うのは具体的な(それ以上)の方で、、。
 この世のどこに具体的な未来の自分がわかる奴が居るかと言われればそれ迄であるけれど、今刑務所に入ってる男が「五年して出たら必ずあの刑事を殺ってやる」と決心したり、バリバリのキャリアウーマンが「いつかきっと普通の奥さんになりたい」なんて夢見たり、、、。
 今の俺にはそんなはっきりしたビジョンは想像もつかない。
 それでもどうしても止められない欲はあって、「ずっと俺と、、」てな事を言っちゃあ、俺よりずっと敏感に先の事を考えまいとしてるキッドの機嫌を損ねる、、という愚を重ねてるんだなこれが。
 けど、それだって強烈じゃあるが、結局のところ漠然とした願いでしかなくて、決して具体的な事なんか考えてない。
 言っておくと、今より速くなるってノは夢や願いなんかじゃない。確信してる。だからこれは別。
 俺は自分がどんなにあやふやなものを欲しがっているかは解っているし、却ってあやふやだからこそ欲しがったっていいじゃないかと、開き直ることも出来るんだし。
 だってそうだろ?「ずっと俺と」なんて抽象的だから言えることで、例えばこれが「結婚したい」とかだったりすると幾らなんでもとんでもないお話しだ。
 幸い、結婚なんて相手がキッドじゃなくたって考えた事もないし、それ以外にもこれと言って「いつか〇〇したい」という見通しなんかはまるで無い。
 ところがどっこい。

 俺はある日突然、俺にとって多分最悪なビジョンを、胸に焼き付ける羽目になった。








「ひゃはっ、きっもちいいっ!こぉら、くすぐってえよー」

「な、アイザック。一人づつ見合いする必要なんか無いって言っただろ?ボウイで決まりだ」

「の、ようだな。ではここに残るのはキッドとボウイでいいな。私はスライトさんの身辺を、お町は犬舎の方を。ボウイ、じゃれてばかりいないでちゃんとこなせよ。キッド、毒物にも用心してくれ」

 今日初めて会ったツヤツヤの長い髪の彼女と、仕事の話そっちのけで床に転がって遊んでた俺と、、景観のいいキャンプ場に合計四日滞在を必要とされるお仕事に多少はしゃぎ気味のキッドにも釘をさしてアイザックが立ち上がり、依頼人とお町を促す。
 ブラックフォーマルを品よく着こなし、きれいにまとめ上げた銀髪をヴェールで隠したその女性は改めて頭を下げて言った。

「本当に、素人さんにこんな事までお願いしてしまって申し訳ないのだけど、、よろしくお願いしますわ。大会の前日には葬儀も済ませて戻りますから」

 そしてスライトさんは木のテーブルを回り込んできて、俺の隣の彼女を抱き締めた。

「じゃ、ボウイさん、お願いね。カプチーノ、いい子にしてなさいね。ここで待て、よ」

「ぁおん!」

 と、一声、彼女は返事をした。

「彼女のお世話は素人でも、ガードならプロ以上ですよ。それに、ここまで相思相愛ぶりを見せてくれちゃってますからね、彼女のお世話はコイツに任せちゃって大丈夫っぽいし」

 彼女の名前はカプチーノ。血統書つきのアフガンハウンド。昨年度の世界ケンネルクラブ連合主宰のドッグショー、ヨーロッパ大会でのチャンピオン犬で、三日後に今年の大会を控えた大事の御身。
 カプチーノとは普段の呼び名で、血統書に正式登録されている号名は、、、エト、、とにかく俺もキッドも一度聞いただけじゃ覚えられなかったほど長い。
 そして、彼女を狙う、ワルぅい奴は、今大会初参加の孫娘(の犬)を勝たせたい、ココ開催地の市長サン。
 地元のチンピラどもを使っての嫌がらせの数々に困惑していた所へ、ドイツで離れて暮らす親類の急な訃報。
 大会側が手配してくれる筈の飼い主代理人も、市長の根回しが原因でトラブってなり手がない。嫌がらせがある事を知っていて知人に頼む訳にもいかず、警備会社はガードはともかく犬のブラッシングなぞしてくれない。
 今大会は断念か、と迷った一瞬を、ドコからドウ潜り込んだのかパンチョ・ポンチョ。『あっしの紹介する方々ならワンちゃんの世話から嫌がらせ撃退まで〜』と、ぶちあげてくれたらしい。
 血統書つきのショードッグなんて、ひ弱で甘ったれの癖にお高くとまってるイメージがあって気が進まなかったけど、イザご対面した途端、つやつや光るクリーム色の、長い所で四、五十センチはありそうな毛並みと、お高くというより毅然とした顔立ちに、俺はすっかり見惚れてしまった。



 犬とブリーダーに豪華にも一軒づつ割り当てられたログハウスの玄関でアイザック達を見送った後、さっそくそれぞれ仕事に取りかかる。

「んじゃ俺、とにかくこの周辺、把握して来るから、戻るまで気をつけとけよ」

「ああ、今日はもう運動いらないつってたから、中に居るよ。あ、ツイデに毛布の追加。キャンプ場の管理センターでもらえるだろ。人間用のヤツ」

 高床の1LD K、寝室はダブルだけど手作りっぽい質素さがまたシャレているログハウス。
 さすが犬王国イギリスというか、、エイボン川の支流沿いにある、この広大なキャンプ場をまるごと、歴史と権威のあるドッグショーに使っている。開催地までの移動で、犬を疲れさせたまま大会に挑むのは忍びないという理由から、それぞれ一週間なり、十日なり、好きな時期に集まって、一見するとバカンス風。

「カプチーノちょっといい子で待ってなよ。お付き合い上で失礼のないようにサ、俺ちゃん勉強せにゃならん」

 リビングに置かれたいかにもキャンプっぽいでっかい木造りのテーブルに、スライトさんがびっしり書き込んでくれた注意書のノートを広げた途端、外でゴトンと、音がした。
 早々に何事かと、川に面したテラスに飛び出して見れば、下からキッドの声。

「わりィ俺だ、俺!」

「脅かすなよー。何やってんのー?」

「キャンプ用の薪!こんなトコに置いといて火なんかつけられたくないからなー!」

 納得して部屋に戻ると、カプチーノはさっきと同じふわふわの敷物の上に寝そべって、いかにも、音の正体は知っていた、という顔をして俺を見ていた。

「ははっ。O.K. 今度から何かあったらカプチーノの意見も聞くことにしよう。なっ」

 満足そうなあくびをして、彼女は前足に顎を乗せて目を閉じた。どうも、、ほんとにこっちの言う事が解るらしい。

 基本的な知識から、専門的なこと、カプチーノだけに当てはまること。食事、運動、トイレ、ブラッシング、シャンプー、大会に向けての諸注意、歩き方、姿勢の取り方、その他しつけ。
 嫌がらせの電話の他には何も起きず、キッドは戻らず。カプチーノは主の居ない不安も見せず、ぴくりとも動かず。
 俺はノートを読みふけり、後から考えると、どっちがどっちを守っているのかよくわからない感じもしたが、目が疲れてノートを閉じると、川向こうから西日が入り込むような時間だった。

「あらーっ、目が疲れるワケだ。って、アイツどこほっつき歩いてんだ?!」

 カプチーノがすっくり立ち上がり、ドアに近づく。

「なに?トイレの時間、、じゃないだろ?」

 カプチーノの意思を確認するのがベストなので、首輪と、ぶっとい綱を見せてみたが、ぷいと横を向く。
 外へ行きたい感じじゃナシ、、と。

「あ?!誰か来るのかっ?」

 俺がやっと気がついて緊張した頃、ドアの外の木の階段を上がって来る足音がした。
 カプチーノはしっぽを振りもしないが、その代わり敵意や緊張も示さない。ドアの横にストンと座って、開くのを待ってるだけだ。
 もう俺にだって解る。音を忍ばせるでもなく、嫌がらせの威圧を含んだ音でもなく、普通に上がって来る足音。

「キッドか」

 ほっと肩を下ろすと、カプチーノは俺を振り仰いでゆるゆるとしっぽを振って見せたので、俺は確信を待って鍵を開け、ドアを開けると、キッドはノブに手を差しだしかけたままの格好で、ぽかんと口を開けた。

「な、何よ、そろってわざわざお出迎え?」

「まあね。遅いじゃんよ、ほら、カプチーノがお前の行動を確認してるぜ。ヨソの犬の臭いでもしてんじゃねえの?嫌われるよー」

「うあ、なぁんかヤな気分っ。いいよ別に、俺は好かれなくたって困んねーよーっ」

 顔を見ても相変わらずしっぽも振らず足元の臭いを嗅ぐカプチーノに、キッドも全く歩み寄りの姿勢を見せずに開き直って舌を出す。




 
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