J9 基地のゲート1

□オニキスの瞳に
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 ぅわお!大接近!
 キッドはソファーの後ろの壁に両手をついて覆い被さって、意味ありげに目を細めじっと俺を見下ろす。息がかかる程。

「質問。ボウイはこういう場合どうする?」

 あ、あからさまな挑発。キスするつもりなんか無い癖にっ。ふん、めげないよっ。

「お前じゃなかったら引き寄せてキスをする。誰とでもするような当たり前のキスをお前とするのは嫌だな。俺と、お前じゃなきゃ出来ないようなキスを、いつかそのうちしたい、、ナァ。ほら、どけよっ。そろそろ勘弁してくれ」

 似合わないカッコつけなのは自分で認める。でも嘘じゃない。
 キッドが身を起こして不服そうに腕組みをする。

「わりかし、、頑固だな。からかい甲斐があって楽しみだね」

「アノネー、お前さんは軍の時っからその調子だったんか?後で手酷いしっぺ返し、、」

「されたよ、たくさん。俺にとってはどうでもいい事だ。結構うまく立ち回ってたよ。気になる?」

「うんにゃ、心配するだけヤボでした。おめーは強えぇよ。酒、もうおしまい?切り上げよっか、明日また六時半だろ?」

「そ、先に行って今朝みたいに銃を転がしとくよーに」

 かったるそうな命令口調でそう言うと、お行儀の悪いコトに俺の膝の上にかかとを投げ出しソファーに寝転がる。
 無防備なっ。ほんとに開き直りやがったな。全く良かったことだ、俺に強姦の趣味がなくて。

「ボウイ、明日の予定は?」

「ん、あのバイク、、えとコズモワインダーちゃん?あの子の躾をね」

「俺もついて行こうかな」

「いいけど?遊んでなんかやんないぜ。置いてっちまうよきっと」

 精々それくらいしか上手に出られない。おちょくらせてくれ。

「ふん、どうせっ!明日の朝おぼえとけよ」

 墓穴を掘ったか。ついでにかかとで蹴られた。

「ってえ!んだよっ、蹴るこたなかろうよ。今日よりは絶対マトモにやるぜ。見てなよ、そのうち追い付くから」

「笑えない冗談だけど、マジで言ってんなら笑うぜ?トーシロが10年早いよ。お前、、人、撃った事あんのか?」

 はいはい、どーせ場違いですよ。承知してるさ、それくらい。

「ねえよ、そんなもん。人に向けて撃ったことはあるが、当てるつもりは無かったから、当然、当たりもしなかったし。ただ、そう、、、人を刺した事がある。たいした傷を負わせたでもなし、運のいいいことに表沙汰にもなんなかったけどね」

「刺した?、、、当時の状況の子細を説明、、セヨ」

 頭の上に腕を組んで天井を見上げているキッドが、あくびをしながら尋ねる。
 あくびしながら聞く内容か?フツー。ま、、、いっか。

「イエッサー。さっきの話に戻っちまうけどな、客と一緒の時にその客の彼氏とかいうのがしたたかに酔って乱入して来てさ、いきなり銃をぶっ放しやがったんだ。客は即死、俺は下敷きになって血まみれ」

 俺に当たってもおかしくなかった。だって、下敷きになるような体の位置だったんだから。あんなグロテスクな目に遭うのは二度とご免だ。俺の体の中で、せっせと生きている主張をしてたものが、血の雨とともに永遠に動かなくなる。よくもまあショックを与えてくれたが、俺はこうして男にも、セックスにも恐怖ひとつ感じずに済んでいる。
 最も、動かなくなったといって、そいつの体が冷たくなるまでじっとなどしていなかった。

「乱入してきた奴もひどく錯乱してたけど、それに輪をかけて俺も動転しちまってさ、たまたまその辺にあったんだろうな、果物ナイフだったかカッターだったか、、白状すると記憶がはっきりしないけど、、、ともかく切りつけてたよ」

 手にした刃物が肉を切り裂く感触は、すぐ忘れそうになるけど、思いだそうとすればいつでも甦る。
 そして、実を言うと、J 9 に来てから俺は、その時のシーンをもう何度も繰り返し思いだそうとしていた所だ。できるだけリアルに、、そう、俺なりのイメージトレーニングとでも言うか。動転と興奮の引き起こした過剰防衛ではあったけど、殺すつもりがあったことは疑えない。
 何度思い出しても同じ答えが出てくる。この先J 9 でどんな凄惨なシーンに出くわしたとしても、あれに比べりゃ、、、。平気、俺はJ 9 でやっていける筈。

「そんな訳でそれが危ないバイトの最終回さ。チャンちゃん。あン?おいこらっ!ってもうっ!寝ちまったのか?」

 たまんねえ奴だなっ。人に暴露話させといてっ、、、、い、いいけどよ好きだから。
 膝に乗ってたかかとを下ろしても頭を小突いても起きやしない。そんなに呑んだかなぁ?

「あららら、マジかよー。ったく、まいったなー」

 テーブルを片付けながら考えあぐねる。その一、ここにほおっておく。その二、叩き起こす。その三、抱えて部屋に運ぶ。
 結局、どれを選んでも怒るだろうから、運んでやるのが得策か。

「慎重にお連れしやしょうかね。ヨ、せっと」

 お?くっそー、もうちっと軽いかと思ってたけどな、甘かったか。部屋のドアを開けるのに一苦労して、起こさないようにベッドに下ろすのにまた一苦労。

「ふぅ」

 早いとこ、、退散しよう。人の寝顔をいつまでも見てちゃ失礼、、ナンテ、行儀良すぎか。大体せつなくてやってらんねえ。このまま目を離せなくなっちまわ。
 ベッドに背を向け、5、6歩。飛び上がるほど仰天した。

「ご苦労サン、ボウイ」

「こっこの、、、キッ、、」

「死ぬなよ、お前」

 は、、、、、ははっ、、怒る気が失せた。

「死にそうなほど、愛してる。おやすみっ」

「、、、、、、」

 何かつぶやいたようだったけど、聞き返さずに部屋を出た。


 強烈な日差しに、ゆらゆらと陽炎が立ち上ぼり目眩を起こす、灼熱のストレートだよ。
 見つけたばかりのお前に向かって、今はまだ快調にぶっ飛ばしているけど、、このストレート、どこまで続くか距離さえ計れない。ペース配分も、羽を休めるピットもなく。
 自分からエンジンを止めることは決してしないけど、余りにも長すぎるとガス欠になるかな?それとも、この胸のエンジン狂わせて暴走したら、、いや、暴走してアイツを傷つけるくらいなら、ガス欠か、クラッシュでリタイアに追い込まれた方が、、マシだ。


 いつか、、その艶やかな気迫のこもったオニキスの中に、俺を溶け込ませて。
 死にそうなほど愛しあいたいから。





ーーend ーー
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