J9 基地のゲート1

□オニキスの瞳に
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 午前中いっぱいはブライスターの相手に時間を費やす。
 途中アイザックとお町がコズモワインダーでで追い掛けてきて、通信やレーダー関係のおさらいした後、アイザックがブラスターピットに上がってバトルシミュレーション。すでに身に付けたキッドとの呼吸を、しばし頭からシャットアウトして、ノーミソの回線をアイザック用に解放し、タイミングを身体に叩き込む。
 午後は午後で射撃室でキッドにしごかれる。これは多分きっちりマニュアルに乗っ取って。
 こう言うと、何とも忙しい一日だけど、そうハードだとは感じていない。
 ダンナは何にも言わない。それぞれが勝手に、自分に必要な事をこなしていく。
 あ、いや、アイザックから教わった事もある。今現在の各コネクションの力関係や、さしあたってビカビカで用心した方がいい場所など。すぐ忘れそうだけど。
 まっとうな人生を生きてるその他大勢様には、不謹慎だと言われ兼ねないが、正直言って楽しんでる。今やってるいろんな事が、この先、正真正銘の命綱だってのも解ってる。
 二度と表舞台に立てない不安より、これからこいつらと過ごす危険への期待にワクワクする。
 まだ一週間。手探りではあるけど、不思議と心もとなさはない。
 キッドに「しつこい」なんて怒鳴られてるのに、まるで諦めようとも、思いのほか焦ってもいないのは、きっとそのせいじゃないかと思う。一発目から俺達は仲間として最上の相手だと感じ取ったし、、それは何も俺とキッドに限った事じゃなく、アイザックもお町も、互いが互いにって事らしくて、、絆、、ナンテちょっと所じゃなくて照れるけど。仲間、共犯者、連帯感、、なんてゆーか、、ガキの頃何人かででっかい落とし穴ほって、大人が通りかかるのを待っていた時みたいな、、共有できるドキドキ。
 良くわからないけど、、確かに、何かぶっといもので互いがつながってる感じがする。
 手に入れたとは思ってないが、どうやらココには俺の欲しかった物がたくさん隠れて息を潜めて、、俺の事を待ってるらしい。
 俺をJ9 に引き付けるソレが何なのか見極めてつかみ取りたい。
 そして今、見極めるもへったくれもなく一番欲しいあいつ。
 自分で異常かと思うくらいこの胸の熔鉱炉は熱くて激しい。俺のドコにこんな感情があったんだろう。心臓に痛みを錯覚するほどキッドを想うと苦しい。
 なのに、、今俺は最高にいい気分だ。こんなに気が変になりそうなほど他人に執着して、それでも俺は俺のままでいられる。遠慮もせず、引け目もなく、怯えもしないで、ただ真っ直ぐに欲しい者に欲しいと言えた、、初めて。
 だからきっと、たぶん身を滅ぼしたりしない。
 片思いだってのに、なんていい気分なんだろ。
 何だか今までずっと、品質の悪いTV でざらついたビジョンを通してしか物が見られなかった様な気さえする。目の前にキッドが現れた途端だ。何もかも、やたらとクッキリして、他の誰かと交わす他愛ない言葉も、その辺に置いてあるマグカップまで生き生きして鮮やかで。
 俺から、俺じゃない総ての物を隔離して遮っていた薄っぺらなガラスをあいつが叩き壊した。面食らって、うろたえて、あんまりクッキリしだした世界で俺だけ素っ裸の丸腰で立たされた気がして、危険だ、逃げろ、と、ケッコウ頑固な俺の自己防衛心がささやいて。さもなきゃ攻撃?誰を?何を?何で?、、ナンテやってるうちに、あのオニキスの強烈な視線。
 コイツが原因だ!と、、思った時にゃもう、怒涛のようにキッドに惹かれたさ。野郎に恋するなんてとんだドジ、なんて俺の事を思う奴が居たら、そいつは大間違いだ。少なくとも俺は自分がキッドに惹かれたって言う、それだけの事でさえ自慢したい気分なんだ。「コイツが好きだ」って、世界中を注目させちまいたいくらい。
 生まれて初めて、手放しで自分を誉めてやる。そりゃレースの時もたっぷり誉めてやってたけどさ、あれとはまた全然違うし。
 俺の中のエネルギーというエネルギーが何もかもキッドに向かっていく。そのくせミョウにさわやかで。激しさも、熱さも、切なさも、早い鼓動も、、胸の痛みさえ、、自分で自分が愛しい。なんだか最終コーナーを回って目の前にストレートが開けた時みたいに、、後はただ真っ直ぐ、、ってか。
 へへへっ。気分爽快!こんなぶっ飛んだ恋愛感情は初めてだ!




 届かない相手にシャイな片思いを一つした。人よりずっと遅かった、たぶん初恋ってヤツ。最初に優しくしてくれた女にスポンと恋しちまった、擦り込みされたアヒルの子。
 その後すぐ、普通の娘と普通の恋愛を初めて体験した。ココに来る直前まで一緒だった。
 好きだと思って、好きだと言われて、、今でも俺はあの娘をオリビアお嬢さんの代わりだなんて思っていない。ただ、不慣れな俺は、いつもびくついていた。
 その時俺の心にあったのは、キッドを思う今みたいな焼けつきそうな灼熱じゃなくて、ぽかぽかのあったかい暖炉の火。初めて手に入れたその暖かい火を絶やしたくないから、必死に薪をくべていた。そんなことしなくたって側に居てくれたのに、と、地球が丸く見える頃に気づいたって無駄なこと。
 いつだって俺は楽しかったはずなのに、あの娘には解っていた。彼女の気持ちの強さを信じてあげられなくて、、たったの二、三週間、結局傷つけた。

「へえーっ!うっらやましい奴ぅ!人並みに同棲なんて経験してるんじゃん?俺なんて軍学校から直で正規軍いっちまって、身の回り男ばっかしだぜ!全然ってわけじゃないにしてもさぁ。でもなぁんか物足りねえな?レーサーってもっとモテるもんかと思ってたのになーっ」

 ラウンジの丸いテーブルの向こうで、キッドはかなり上機嫌みたい。物足りないとはまた、ヒトゴトだと思って。こちとらツイこの前の話なんでいっ。

「浮いた話ないの?浮いたハ・ナ・シ。飛ばし屋ボウイのスキャンダル!の真実、とかさ。モータースポーツ関連の三面記事なんて気にした事ないからなー。マジで名前しか知らなかったよ」

「やめてくれー!スキャンダルとか言われるとびくついちまう。あ、嫌なクセ身に付けちゃったんだなぁ。俺も、歯車の一部になっちゃってたかな。でもキッドさん、スキャンダルってのは女の話とは限んないんだぜ。、、知らないってなら、その方がかえって嬉しいな俺は。隠したい事がある訳じゃないんだ。先入観ナシで見てもらえるし、俺の言葉で聞いてもらえる」

 言い訳じゃない。ほんとにそう思ってる。もっと俺を見て欲しい、いや、もちっと積極的に、、見せたい、と思う。いつかきっと、俺にとって一番辛かったスキャンダルも聞かせることができる。
 ま、今夜の所は、、。

「そっかぁ、浮いた話ネ。痛くも痒くもない恋愛ゴッコ?モテたよお、そういうイミではね。体の空いてる時は毎晩ちがう女と居た気がするね。できれば俺はねー、ガラのでかくって、仕草がガサツなくらいの娘がイイんだけどさ、レースクイーンにも、、ウエストJ 区にも、、居そうにないタイプかもなぁ。尤も、肝心の俺の体がそう簡単に自由にならなかったけどね。ね、キッドさんはどーなのさ、好きなタイプなんてある?」

 グラスに注ぐのは誘い水ならぬ、誘い酒。キッドのこと、まだまだ何も知らない。でも今の俺は聞きたい事より、しゃべってしまいたい事の方が多いから、キッドが乗って来なくても間はもてる。

「えーっ、俺ぇ?タイプとか解んねーけど、バージンは絶対だめ。でもやっぱりモテてんじゃんよ!ああっ、ナンカ腹立つなっ!そんだけ女とナンカしてて、何で今ごろ男に走るんだよっ」

 うげっ。今夜はその件ヌキにしようと思ってんのになーっ。たまらんぜおい。

「あのねー、幾らモテたってね、ンなもん俺ちゃんの肩書きにくっついてるだけなんだからさっ。浮かれちゃったりしたら、みっともない上に悲惨だぜ。お解り?」

 何で男に、というキッドの問いはこの際、黙殺。
 キッドは見た目よりずっと酔いが回ってるのかな?はぐらかした俺に不服の申し立てはせず、じっと俺を見ると、たじろぐほど優しい声で言った。

「むなしかった?」

「かなりネ」

 酔っているせいとは言え、優しい声のお返しには真面目な声でお返事しよう。

「あれはあれでいいんだよ。ゴッコでもいいから居てくれないと、必要以上に神経がギスギスしてくるからな。俺なんか特にそういうタイプだって、彼女達に教えられたようなもんだよ。すごいぜ!彼女達。あの男は不調の時が狙い目だとか、あっちの奴は本戦が近づくととか、みんな解っちゃってんの。で、状況が変わるとすぐ消えてくれちゃう」

「ふうん、、そんなもんー?」

 何かまずい事でも言ったんだろうか。何気ない溜め息と共にわずかにキッドの表情が曇った。
 ヤバいな。身体が疼くよ。
 キッドに触れたくて、動きそうになる腕。てのひらを握ったり開いたり。グラスと煙草を何度も往復しては自分を紛らし、キッドの目をごまかす。
 切り上げ時かな、、今夜は。
 唐突にキッドが自分で話を切り替えて元気になる。

「でもさあっ、ボウイってホモセクシャルじゃなかったんだ?あんまり堂々と迫るからてっきりそうかと思ってたぜ?」

「なっ、何を今頃っ。言ったろうよ、男なんか好きになるのは初めてだってば!」

 ああ、もう!何考えてんだコイツは?嫌がってる割にゃ自分から話を振ったりする。

「イマイチ信じらんねえなあ。もうちょっと迷うとか、ためらうとか、しない?堂々とし過ぎてて、慣れてるとしか見えねえぜ」

 どひゃあ!鋭い奴ぅ!
 慣れ、、か。俺は、、気持ちは正真正銘の初心者で、キッドに勘繰られたって潔白なのだけど、、、どっこい身体の方はと言えば、、
 最後の一口には少し多めにグラスに残った酒を一気に流し込み、勢いをつけた。そのグラスをどんっと派手に置いて立ち上がり、テーブル越しにキッドに顔を寄せる。
 芝居がかってんなあ、と内心笑いをこらえながら、怖い顔を作ってみせた。

「慣れてるぜ。仰せの通りだ。一番最初はトラブルの精算にカラダを持っていかれた。その後、、そうだな、片手で数えて指が余るくらいの話だけど、客を取らされた事がある。慣れてるように見えるならそのせいだ。あ、言っとくがそれで食ってたワケじゃ無い。それに、その何回かの後は男とそういう関わりになった事はない。ましてや惚れるのは初めてだ。どう?納得できたかいキッドさん」

 光を失わない漆黒の瞳が、無表情に俺を見据える。俺に探りを入れている。
 その探りに答えたい。その視線から繰り出され、俺の心の底を遠慮無しに弄る触手にすべて晒して、、。

『お前そのトシで経験あるんだって?』

『頼むよオ、ギルのヤツ寝込んじまってんだ。ホントに臨時だから、ナ』

『シロウトなんだって?こっち来な』

 キッドの瞳だけを見つめ、艶やかなその表面に過去の色々な場面を映し出し、思い浮かべた。
 そうするのは、まるで傷を暴きたてる拷問のようでいて、そのくせその辛さを上回るエクスタシー。
 金のために平気でガキに頭を下げるオトナと、快楽のためにガキに金を投げ出すオトナの間で、奴等より狡猾になったつもりで、やっぱりガキでしかない俺。
 初めて犯られた時の屈辱、羞恥は確かに本物だ。でも、その後、男娼の真似事なんか二つ返事で引き受けたりしてたのは、ただ俺がいいかげんで、狡くて、弱かったからだ。他の子よりは多少早めに院を出させてもらって、、金は確かになかったが、飢え死にするほどじゃなかった。いつだって誰かしらが、少しは俺のことを気にかけてくれていた。とんがって危なっかしい俺に、おずおずと差し出されるささやかな善意を、受け取った振りで信じてなかったのは俺だ。
 やりたい事は山ほどあって、何一つ手に入らない。自力で足場を固める事の難しさに塞ぎ込み、イラついては馬鹿な衝動に駆られて男に抱かれた。最悪の気分で抱かれて、終わった後はもっと酷い気分になる。数えようと思えば、数えられる程度の回数でしかない。ただしそれは、けして消すことの出来ない記憶。無理強いで犯されたのでなく、自力から求めた、、だからこそ記憶から消せない。
 俺が俺を嫌いだった頃を視線に託して、オニキスの瞳に伝えたい。
 今はそうじゃないから、良く見て。あの頃の俺がどんなだったか、自力で解る程度にはガキじゃないから。
 キッドの視線がふとテーブルに落ちる。

「余計な事、、言わせちまったね」

 以外と、、マトモな反応するじゃん。可愛い所もあるんだ?
 キッドがしおらし過ぎて笑いが込み上げる。

「余計な事でもないさ。そのうち言うだろうと思ってた。まだまだありますゼ。聞かせたい事山ほど。キッドさんが嫌じゃなきゃネ」

「なら、、、聞かせろよ。お前がしゃべるのは、見てて気持ちいい。好きだよ」

 心臓が、、ギシっと音を立てる。

「紛らわしい言い方、、すんなよ。また今朝みたいな事になるぞ。無用心なのか、からかってるのか?」

 あきれたフリでドスンと椅子に腰を下ろすと、キッドはくすくす笑い出した。今朝まではあまり見せなかったような表情が混じる。ひと口で言っちまえば、、色っぽい。
 、、ヤッベー、、コイツこんな顔する奴だっけ?
 一人で焦っていると、さらに焦らせるような事を言ってくれた。

「俺さ、ボウイのコト嫌いじゃないから、今のうちに忠告しといてやるよ。相手が男だとね、俺って相当にワルイぜ。その気もないのにからかって楽しむ癖がある。用心しないと、傷つくかもね」

 用心って言ったって、、もう遅いんだってば。
 こんなに気持ちいい片思い、途中でやめらんない。今始まったばっかりだ。キッドが相手なら、ズタズタに傷ついてみるのもいいかも知れない。まいったな、、これまた初めての感覚だ。傷ついてもいい、、傷つけられてみたい?!アッブネェー!それはさすがにちょっと怖いぞ?

「そんじゃま、せっかくのご忠告ですからね、とりあえず離れるとしましょうか」

 席を立って一人窓際のソファーに移動した。ひとまず至近距離でその視線の直撃は避けたい。

「なんだ、今朝までと打って代わって逃げ腰だな。追い撃ちかけてやろうか?」

 けろっといい放って近づいて来る。何だかキッドはひとつ開き直ったように見える。俺にとっていい方に開き直ってくれりゃいいのに、どうもこの様子じゃいじめられそうだ。



 

 
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