J9 基地のゲート1
□Klohto
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アイザックは初めて訪れた超ど級のコロニーにすっかり心を奪われていた。南アステロイドの農場などよりはるかに大きな人工大陽。それもさることながら、連邦政府の外宇宙の研究機関を中心に、各大学や企業の研究施設が居並ぶ町並み、研究を支える膨大な資料を抱えたいくつものデータ図書館。光速駆動船の製造ドッグ、外宇宙とのコンタクトにフル稼働する通信施設群。
何より胸が高鳴ったのは、光速駆動船の係留港である。発着プレート自体は、普段見慣れたタイプと大差なく、規模としても、大量の輸送力を必要とされる内惑星間と比べれば大きなものとはいえない。
今はまだ船もなく、人の姿もない。数ヶ月に一度、大きな計画なら数年に一度、その日に備えて磨き上げられた銀の桟橋に、コツンと、足音を響かせてみた。
多くの冒険者たちがここから旅立って行ったのだ。夢、希望、野心、、、何を抱えて、何を残して。
ラスプーチンからバーナード星行きの打診を受けて以来、純粋に知的好奇心であったのが今、徐々に姿を変えつつある。それともそのつもりになってしまっていただろうか。
アイザックにとってこのソーラー10プレートは、時間を忘れさせるおとぎの国。迷い込んだ異世界であるらしい。実のところ、朝のうちにはここを発たねば、冥王星まで迎えに来るはずのボウイとの約束の時間に間に合わないのだが、すでに一日が終わろうとしている。こちらへはドク・エドモンの兄という人物と会うために来た。兄弟揃って同じ研究の徒である。ブライガーのデータを共有したいとのドクからの申し出を期に、ぜひ一度会っておきたかった。ドク・エドモンと彼に連なる人物はアイザックにとって最重要な人脈なのだ。
後ろ髪を引かれつつ、港を出ると、人工太陽はすっかり出力を落とし夕闇が迫っている。遅れていることを自覚してはいたが、まさかここまでとは思わずにいた。ボウイにも、他の誰にも、行き先、用件共に知らせぬままなのだ。
借りた車を飛ばして港を後にする。街中を通り抜けながら、行き交う見知らぬ人すべてに声をかけたいような気分だった。ここに居るものは皆、研究者か冒険者。そして、彼等をサポートすることで日々の生活をまかなう人々、いつか彼等を見送るかも知れない家族たち。
ソーラー10のすべての人にエールを送りたい。それとも、、、、突然現れる誰かが、強引に自分をここに引き留めるような劇的な展開はあり得ないだろうか。
帰路を急ぐアイザックに、無論そんなおとぎ話は起こらない。だが、空港手前のショッピングモールを、ずいずいと縫って進んでいた時のことだ。
「あの、そこの方、、、、」
透き通る声に振り向くと、深い緑の光沢のあるドレスに、黒のショールで胸元を恥じらうように隠した女性が、ひっそり座ってじっとこちらを見ていた。
彼女の前には小さなテーブルと、空いている椅子が一つ。
「占い?すまないが急いでいるし、占いには無縁な方だと自認しているので」
そう言いつつ、アイザックの足は吸いついたようにそこから動かなくなっていた。
黒くまっすぐ伸びた髪、大きくはかなげな瞳。成長したら、全くこの通りの容姿になるだろうというくらい、彼女はメイに似ていた。
「引き留めてごめんなさい。お帰りに、、なるのですね」
「ええ、まあ」
ものの言い方から、押しつけがましくない笑顔まで似ている。アイザックにはそう思えた。
「あなたが到着して、今とは逆の方向へ歩いていった時も、私、ここにいました。外へ出発していく方だと、、、私は視たのですが、、、」
占い料は無用、生年月日も名も、名乗らなくてよいから、自分の勉強のために少々の時間をと頼まれて、アイザックは落ち着かない気分で彼女の前に座った。
なるほど、アイザックには思いもよらなかったが、未知への旅立ちの出発点、占いの需要はかなりあるのだろう。
彼女の言うには、長いことやっているうちに、占いの手順を踏まずともわかる相手が時たまあるのだという。
「あなたはこのまま戻らないだろうと、、、出発をおやめになったのですか」
大人に変身したメイと向き合っているようで、目のやり場に多少困りながらも、アイザックは素直に話した。
「出発のあてがあって来たのではないのですよ。だが、ここに着いた瞬間から、私はどうも夢の世界へ入り込んでしまったらしい。時間がわからなくなるほどにね」
「そうでしたか。あなたの夢がとても純粋だから、、でしたのね。私もそれを視てしまった。、、、夢から覚めて、だからお帰りになるの?」
「夢は全く見ないか、あるいは面白い夢を見るのがいい。目を覚ましている間も、、」
「それと同じことだと私たちは悟らねばならぬ。待ったく目を覚まさずにいるか、あるいは面白く目を覚ましていることだ。、、、ニーチェ、、でしたわね」
アイザックはうなづいて立ち上がった。これ以上とどまれば、彼女にこそ心を奪われてしまいかねない。
「夢よりも大事にしてやりたい現実があるので」
「でもいつか、あなたはまたここへ来る」
「占いは無用ですが、その時には出発の報告に立ち寄りましょう。ところで、冥王星方面へ一番早い便は?」
「5番ゲート。あと15分です。占いではなく、現実ですわ」
「俺が日にちを間違えたのか?」
「いいや。すまなかったなボウイ」
冥王星中、あてもなくアイザックを探し回り、冥王星の月であるカロンにまで足をのばしたボウイは、口数が少なくなるほど神経をすり減らしていた。
「このまま帰って来なかったらどうしようかとおもったぜ」
マントの端を掴んだまま、文句を言うでもなくすっかりしょげ返っているボウイに、改めて詫びた。三歳にもならぬボウイを家に残したまま、彼の両親はある日突然帰って来なくなったままなのだ。
「もう二度とこんなことはないから」
待たせた相手が悪かった。夢より大事なものの一人に、真剣に誓うアイザックだった。
ボウイはそれ以上何も言わなかった代わりに、基地に戻ってからまる一昼夜、アイザックのマントの端をいやみったらしく掴んだままだった。それからしばらくの間『アイザックには冥王星に女がいる』と言う話をメンバーたちは信じ切っていた。
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