J9 基地のゲート1
□戦闘開始
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翌朝早くにラスプーチンの放送局を後にした、彼等の金環蝕ツアーは、美しい金のリングを見ることなく、暗転した。
ヌビアの傀儡となった暴走族のカリスマと、彼のもとに集結した無軌道な者共による、アステロイドポリス機構の壊滅的なダメージ。電飾も寒々しい片田舎の分署など目も当てられないのはもとより、人員の最も集中していたウエストゾーンは逆に目の敵のように集中的に攻撃され、、、。
J 区署署長マカローネ以下、膨大なる殉職者。
署長の最期を見取る事になったキッド、お町を始めJ9 の面々は、火星、木星など近在各方面のポリスが駆けつけるのを待たずに、取り立てて身寄りの無いマカローネ署長の宇宙葬を執り行った。
同じJ 区に住まい、ここでの生活と人々を愛する、尊敬すべき隣人として。少なからずかかわり合った愛すべき友人として。
そして、コズモレンジャーJ9 の正体を見抜きながら、偏った正義感に惑わされる事もなく、目の前にぶら下がっている名誉欲に囚われる事もなく、自分達を追い詰める事すらしなかった老骨の心根を知った今、、。
「ずるいよ、、っ、そんな、正義のポリスマンだなんて、、、オイラ、オイラ、、、あんな悪口ばっかり、言って、、もう、そのままだなんて、、、!」
老巧に報いる術は永久に失われ、力の及ばなかった事実を重く残すのみ。
悔しさを全身で表しているシンをきゅっと抱き締めて、お町は、せめて夢の中でデートの約束をはたさなきゃと、早々にアイザックの私室を後にした。
「今夜は外が騒がしい。寝る支度をしたらここへおいで。私も今日はもう休むから」
J9 結成を機に、二人はアイザックとは別の部屋を持ち、彼の付属ではなくれっきとした個人である事を、他の者にも自分達にも明確にしてきた訳だが、こんな時ばかりは、。
水星で両親の敵を打ち取った晩に、アイザックのベットまで潜り込んで眠った二人は、しかし今度はその同じアイザックからの申し出に素直には飛び付けなかった。辛いことがあった晩、彼は早い時間に眠ってしまったりしないのを、もう知っていたから。
シンが鼻をすすってメイを見上げると、メイも胸の前で合わせた両手に力を入れてうなづく。
「アイザックさん、私たちもう少し夜更かししてもいい?マカローネさんとグラターノさんの、、写真が欲しいの。データの中から探すから。見つけたらすぐ、、自分達の部屋で寝るわ、、」
複雑な表情で、、少なくとも付き合いの長い二人から見ればの話だが、、ゆっくり瞬きをしてから、アイザックは夜更かしを許したが、二人がドアをくぐろうとしている所で、呼び止めた。
「二人とも、すまなかったな」
部屋の中程に立ち尽くしたまま、アイザックはそう言った。
マカローネ達の写真が欲しいと言うのも嘘ではなかったが、今はまだそんな作業をする気にもなれず、二人は廊下をゆっくり、、ゆっくり歩いていると、ひょいとどこから現れたのかボウイが来てドライブに誘う。
シンはついて行ったが、メイは格納庫まで来て二人を見送った。
アステロイド近辺はポリスがろくに動けない代わりに、正規軍が出てきて戒厳令を敷くような騒ぎだ。きっと遠出をして、シンはナビシートで眠ったまま朝を迎えるのだろう。ボウイの心遣いはわかっているが、メイは外へ出る気になれない。
と言うより、基地から、、、アイザックの近くから、、なんだか離れがたいのだ。だからと言って、一度出てきてしまったうえは、再び彼の部屋を訪れる事もできない。
「写真、、、探そう」
すぐ見つかってしまうかもしれないけど、データ室でたくさん、たくさん時間をかけて、ベットに入ったら1秒で眠れてしまいますように、、。
基地中を回ってポヨンを探し出すとほんの少し気が晴れた。
「そうよね、こっちにも入ってたわね」
ポヨンをお供にデータ室にお籠り。棚の間を跳ね回っているポヨンに同意を求めてみたり、たいした意味もない事を話しかけてみたり。意味不明でもポポポ、ポヨポヨと、何かしら返事らしきものをするから、こんな時は全く話かけがいのある、、ある意味頼りがいのあるペットである。
データはある程度まとまっているものの、写真を選ぼうとすると案外迷う。
切りの良いところで手を止めて、メイはため息の代わりに大きな深呼吸をした。自分はもう眠たいだろうか。まだ眠れないだろうか。お茶を飲もうか。しばらくポヨンを抱いてじっとしていようか。
時間はスローモーションのようにゆっくり流れていくのに、頭の中はカシャカシャとスピードを上げて考えが変わり、ひとつのことをじっくり考えていられない。
否、ひとつのこと、に、偏ってしまってはいけないから、必死に理性が抵抗している。これまで数年間の、マカローネやグラターノとのやりとりや、J9 のメンバー達が彼等の事を話題にした時の事など、細切れに思い出すそばから、、、、部屋に立ち尽くして謝ったアイザックの姿が現れ、段々と彼の方にばかり思いを取られてしまうのだ。
「何を、、、謝ったの、、」
以前、仕事で失敗があった時の事、皆が見ている前でキッドとボウイが大喧嘩をしたことがある。動転してしまって、事の顛末は分からずじまいだったが、キッドが「お前が謝る筋合いじゃない」と怒鳴った一言が忘れられない。アイザックが静かな口調でキッドの言葉を支持したことも。
それ以来、メイ自身も誰に何を謝るべきか否か、、よく考えるようになっていたのだが、、。先程のアイザックの謝罪が、わからないのだ。マカローネを救えなかったことを、アイザック一人が自分やシンに謝るというのはやはり筋でない。アイザックの気遣いを断ってしまったのは自分達の方なのだし、これも違うだろう。
いつの間にか可愛らしくも律儀な理性は疲れはて、大事な人への思いばかりがつのる。
「やっぱりお茶、、入れにいこう、、
」
自分も飲みたいのだから、アイザックにも、、。
根っから優しいそんな気遣いに嘘はない。けれど一滴、、、ティーカップに魔法の薬を落とすほどの、ほんのわずか、女の計算高さが混じる、、、そんな年頃。
思いきって立ち上がろうと顔を上げたその時、画面に出しっぱなしだったマカローネの穏やかな顔と目が合った。途端に胸が締め付けられ立ちすくむ。
一気に涙が零れ出る。
「、、ごめんなさい、、マカローネさん、、グラターノさん、、、ごめんなさい、、、っ、、、」
こんな時に、よりによってこんな時に自分は、、、。
つい今まで自覚のなかった計算高さを、自分の中に見つけてしまった。人によっては可愛いとも厭らしいとも言う、女の思考回路が、自分の中に生まれているというショック。
わっと、突っ伏して泣き出したメイに、スーパーボールが跳ね返るようにポヨンが飛び付き、あたまから生えたペンペン草のような緑のハートで心配げに髪をすき、頬を撫でる。
しばらく経ったのか経たないのか、、後ろでシュンとドアの開く音がする。慌てて涙を拭い、ポヨンを抱き寄せて振り向くとお町である。
夜中になろうというこの時間に、珍しくフワッとしたスカートにブラウスなんか着ている。
「いたいた。メイちゃん、アイザックが呼んでたわよ」
「えっ?」
思いもかけぬ事にたじろぐ。
「ど、どうしよう、、私、こんな顔で、、」
たっぷり泣きはらしてしまったのはもう隠しようがないが、お町は平気平気と、後を押してついてくる。洗顔料を貸してくれて、パック用のひんやりシートまで。
「あの、お町さんは、出かけるの?」
「この服?だからね、署長とデートするのよ。こんな感じが好きかなって思って、、、なーんて、そんなにセンチメンタルなことでもないけどね。デートは楽しまなきゃ。だから、このまま寝ちゃうの」
朝にはしわくちゃになっているだろうスカートが楽しげにひるがえるのと、アイザックの部屋の前で別れた。