【バクシンバードとトレインのゲート】

□☆(烈)酒と団子と天冥桜
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 サンタビーダ要塞、メインキャッスルの執務室。

 やる事は幾らでもあった。転戦の度に傷ついてきている隊の現況はその都度、完璧なまでに把握しているとして、入港したばかりのこのサンタビーダ要塞に関しての、設備的、人的な戦力。
 戦力うんぬんより以前に、最新のメリーカ方式をもって建造された要塞都市である。詰め込むべき知識は後を絶たず、自分一人が知っていればいいと言うものでもない。誰が何を知っていれば、この臨戦下の見知らぬ要塞内で存分な働きが出来るか、各隊や各方面へ指示、または要請を重ねに重ねなければならない。ここを国として死守するにしても、城として籠城するにしても。

 しかしいくらやる事が多かろうとどうだろうと、シュテッケンにしてみれば今までと何も変わりはしないのだ。仕事の量も内容も、それを殆ど一人で扱っているという点においても、たいした差はない。

 ただひとつ、決めた事柄に「これでいいな?」と、、、、最終確認をするべき相手が、もうどこを探そうと存在しない。違うのはたったそれだけの事だ。

 いっそ、どんな些細な事もディゴと討論を戦わせながらやって来ていれば、今頃になってこんな中途半端な気分を味わうこともなかったのではないかと、、、ふと思う。仕事の進め方があまりにも今まで通りなものだから、、、時折忘れてしまいそうになるのだ、、彼が居ないという現実を。
 他人と共同で物事を進めるという癖を、無理してでも身に付けていれば良かったのではないかと、、そんな風にまで思う。それが出来る人となりだったなら、ディゴを失った後もごく自然に、、彼の次に頼りになる人物を求めた違いない。

 ギリギリと、、、全身の骨だけが絞り上げられるような感覚に襲われる。痛みは伴わないけれど。それとも血管が収縮する、、、と言った方が適切だろうか、、。
 指先、足の先、、心臓から遠い順に力が抜けてゆく。これは錯覚などではなく。ことさら足から力が抜けるのは、人がよく言う、自分の足元がガラガラ崩れる、、という状況を思い起こさせる。
 まさしくシュテッケンの依るべき大地は失われているのだ。揺れて崩れたのではなく、果てのない深淵へと消えた。
 安定を得る術もない無重力に苛まれ「それでいいんじゃねえか?」「そいつはお前に任せた」、、、たかがそんな返事がどんなに大きかったか、どれ程必要としていたか、彼の生前からどっぷり知り尽くしていた筈の事を今更、今更に、、、惨たらしく思い知らせる。

 だが、、、。
 抜け出ていく力を押し留めるように、右の拳をきつく締める。筋力が実際に落ちてしまったかのように、右腕全体が震え出すのもかまわずに、座ったまま剣を鞘走らせて、空を一閃、斬り裂く。
 今はまだ、、、。
 そんなものはゆるしがたい弱気の虫であり、魔が差したのと変わらぬ程度の気の迷い、、、、とでも言うように。
 描いた剣線が、どんなに不安定なものであったとしても。



「副長さん、、」

 女性の声に突然呼ばれてギョッとする。室内に人が入って来たのに気がつかなかったのは元より、呼ばれた瞬間に、それが誰の声であったか判断出来なかったのだ。

「終わったよ。手を貸してくれた隊士たちも持ち場に戻ってった」

 振り向いて合点がいった。そっと静かに声をかけてきたのは、普段ならば廊下の向こうからでも威勢よく話しかけてくるキャシー・ルーだったのだ。

「そうか、、、済んだか、、、」

 佐馬之介の、葬儀が、、。
 虚しく晒されている刃を鞘に納めようと、切っ先を鞘にあてがうと、細い白刃にスッと、、、佐馬之介の面差しが見えたような気がした。
 
 
 
 
 
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