J9 基地のゲート1

□WARNING SIGNAL
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 昨日終わった仕事でパイロットしかやらせてもらえなかったボウイが、射撃室で一人、撃ち込みをしている。
 彼がブライスターに残っていた方が手際が良くなるとの、いわばプラス思考の判断であり、何もお邪魔にされた訳ではない。
 それはよくよく承知しているボウイだが。

(俺ちゃんは、、っ、本戦で勝ちながらっ、、
上達するタチなんでいっ!)

 ちなみに彼の過去におけるクラッシュはほとんどが練習走行中、または予選中である。
 本番の積み重ねで上達するパターンが、どうやらこの仕事でも通用する。それが解っているだけに、ただでさえ経験豊富なヒトタチとの、実戦回数の差が開くと言うのは、、理不尽に感じる。
 とは言え、自分の腕を重視されての配置に文句はない。ないが、理不尽。
 せめて開きつつある経験の差をドウニカ出来ないものかと、これで結構真面目に努力などしちゃっている。
 そんな彼にはちゃあんと射撃のコーチがついている、、、筈であるが、その人物、教え子の恋人となっちゃってからは、初めの頃よりずっと本来のムラっ気を発揮し始め、今では手取り足取りビシビシとは相手をしてくれない。
 別段ボウイは困りはしない。ここまできてしまえば己の力量で追い付くのみである。
 最後の一発、シルエットのど真ん中にヒット出来たら切り上げるつもりで、改めて構え直す。ゆっくりと、フロントサイト、そしてリアサイトを合わせてサイトアライメントを確保。正確に維持しながら、標的をフロントサイトに捕らえる。

「O.K. サイトピクチャーはどんぴしゃ、、の筈だ。慎重にいこうね、、」

 狙撃手ではあるまいし、普段はこんなに悠長にやることもないけれど。そう思いつつ、呼吸を整えトリガーを真っ直ぐ、真っ直ぐ、、真後ろへ、、引こうとしたその時、突然室内が真っ暗になった。
 条件反射で瞳孔が開くのを感じながら、そのまま撃つ。

「くそっ、ブレたぞ今の!」

 舌打ちして振り向くと、いつの間に来たのかムラっ気があるコーチがニヤニヤして、壁際のレンジ条件設定パネルに手を置き、非常灯でシルエットを作っている。

「もしかして、俺だってわかってた?」

「いーやっ。でも振り向く前に想像はついちゃったヨ。あんなギリギリのタイミングを見極めて意地悪するのなんて、キッドさんくらいなもんじゃん?」

 アイザックやメイならば、土台そんな悪戯はしない。お町やシンならタイミングなどお構い無し、あるいは見極められない。

「もうひと呼吸おくかと思ったけど、丁度ぴったりだったな」

 パネルを操作して調光を戻しながら、しれっとしたものだ。
 単に光度を落とすだけでなく、強烈な逆光や、送風機と連動しての横風、向かい風、更に無重力状態までも演出、、もとい、条件設定が可能なこの設備はもちろんエドモン・バルチス製作による。

「けどまあ、誉めてやるか。頭がぐらつくほどは動じないし、判断も早い。ここから見る限り上にブレただけだから、驚いた呼吸が素直に伝わった、ってトコだな」

「真ん中決めて切り上げようと思ってたのに、脅かすんだもんなー」

「俺が来たんだぜ、切り上げられると思う?弾痕分析といこうか。今やってた分のチャート、呼び出せよ」

 コーチであろうとなかろうと、当然のようにボウイに言っておいて、自分は軽くブラスターを構える。
 キッドにしてみれば、余りほったらかしにしておいて後で面倒になるような癖などつけられても、とは常々思っていた所への鉢合わせ。ボウイにしてみれば自習時間中の抜き打ちテスト。
 標的に残った弾痕は、タイムリーに手前のスクリーンで見ることが出来る。同時に記録は保管され、機械を通しての分析にかけることも可能だが、ボウイが指示されたのは、この時間の分だけを記録用紙にプリントアウトする方である。ワンショットづつ、標的のどの位置に着弾したか図にしてあるので、以外と紙を食うことから、普段は余り利用しない。
 作業片手間に、つい師匠に見惚れているボウイだったが、手元をよくよく見てたまげた。

「な、何これ〜?!」

「出た?どれ、あー、相変わらず〜」

「そ、その辺りはクイックで、、って、ああっ!それもヘン!違うんだって!おかしいよこのチャート!!」

「なにがだよ?解るように言えよっ」

 びろびろと長いチャートを、休憩用のテーブルに広げ、難しそうな顔でボウイはその左端から順に指し示した。

「最初のワンセットはC級のクイックをショートメニューで。この分は正直遊んでたの。で、ビギナーに戻った気で一から真面目に、ここから、、、この辺りまではイッコづつ丁寧に狙いすましてた。それからB 級フルコース。んで、最後のコレがさっきのアレ。幾らなんでもこの最後のがおかしいってのはわかるだろ?」

 ボウイの言ったことを口のなかで反芻しながらじっくりと、人型あるいは円の標的に記録された黒い点を確かめていく。
 クイックファイアー急射ーつまり標的を目で追っただけで、スコープで狙いをつけることなく動作に入る。当然、狙った場合よりスコアが悪くて然るべきである。ボウイによるとそれはチャートの前半と後半に偏るはずなのだが、てんでばらばらである。その上、ボウイ曰く、狙って、の部分もボウイらしからぬスコアが見られる。
 瞬きしながら、ボウイの顔とチャートを二往復して結論が出た。

「信じらんねえな、こっちが」

 ぴしりと、用紙の端を中指ではじく。

「さっきの一発、確かに上にブレた。こんなに右に逸れたりしてない。あ、ナマの弾痕と見比べて、、」

「だめだ。もう廃棄処分のボタン押しちゃった。記録も」

 こんな時に限って処置が早い。
 ハタと、気がついてキッドがたった今撃ち込んだ自分のスコアを引き出して、ぶっとんだ。

「だーっ!!ウソだっこんなのっ!」

「どうなってる?」

「うわ、見るな!恥ずかしすぎる!」

 正確な記録ではないと解っていても見せられたものではない。何しろ、黒い点がどこにも見当たらないスコアがあちこちにあるのだ。
 引き裂いて丸めてポイ。
 思わぬトラブルで途方に暮れたボウイが、なんの気無しに煙草を取り出そうとして、雲行きの怪しくなったキッドの機嫌を決定的に悪い方へ転がした。

「ココで吸うなっつっただろ!俺が居ないと吸ってんのかよ?くそっ、見比べるまでもねえヤ、こいつはアイザックの管轄だ」

 ブラスターの先で器用にボウイのチャートを引っ掛け、戦国時代の出陣絵巻さながらに駆け出した。

「ちょ、ちょっと待てよ!キッドってばよーっ。アイザック今、忙しそうだって、後にしよ、、、」

 閉じかけた射撃室のドアからチャートの尻尾がスルリと抜け、ドアはボウイの鼻先でピシャリと閉まった。




 
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