【バクシンバードとトレインのゲート】

□☆(烈)酒と団子と天冥桜
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「それでは、、君の言を信用して、仕事を、、、。これを、非戦闘部隊の各長に一部づつ、手渡しで頼む。余分な写しは1枚たりとも許されないし、人目に触れてもいかん。各長から下の者へ伝達、各自が頭に叩き込んだら必ず処分して、けして残してはいけない」

 幹部でもない限り、受け取った書類をその場で開けて見ることは許されないが、仮に今、彼女がそれを見たなら余程のショックであったかもしれない。
 それは、非戦闘員一人一人に対応して偽造られた新しい名と身分証明。これ以後、彼等は、バクシンバード入港以前からサンタビーダに存在していた人物として生きていく。ブーヨが打ち立てる新体制のもとであろうと、新惑星系の活動家たちが作り上げてゆく時代の中であろうと。
 この時が、時代と呼ばれるに相応しい年輪を重ね、新しい価値を得た人びとに、ただ振り返ってもらえる日が来るまでの事でもいい。あるいは、戦場となるであろうこの要塞から抜け出す、、たったそれだけの時間の事でもいい。生きながらえるための仮面が、彼等には必要なのである。

「この仕事を君に任せるにあたって、もうひとつ約束してほしい事がある」

 これほど厳重に言い渡されるような、いわば機密事項に関わった事のないキャシーは、神妙な手つきでその書類を受け取ろうとしたのだったが、これを聞いてまた慌てて手を引っ込めた。

「今でなくともいい。いつになってもいいから、、、笑ってもらいたい、、、」

 よもや鬼の副長の、、腹を割って打ち解けたでもないシュテッケンの、、こんな言葉を聞くとは思ってもみなかったのだが、キャシーもまた言ったものだ。

「わかった、、けど。でも順番だよ。副長さんが笑ってからでなきゃ、あたしだって笑えない」

 毅然と言ってのける様子に不意を突かれている間に、キャシーはさっと書類を手にした。

「副長さん、佐馬がずっと、、、あんたのこと気にして、心配してた。ドン・コンドールの事があってからこっち、ちょくちょく様子見てんのに、、どうにも話しかけられない、、って。でしゃばりもお節介も嫌いだけど、、気になるものは、なる、って、、」

 つい先日まで、佐馬之介が繰り返していた言葉を、辿るように伝えているうちに、キャシーの声は震えはじめている。そのまま後退り、それでも言わなければならないと、段々声が大きくなる。

「あの人さ、もう、あんたに何も、、言ってあげられないから、、、っ。だから、あたしが言うの、、。何か言ってほしいのはあたしの方なんだけど、でも、これって、佐馬の、、、なんだか遺言ぽいじゃない、、っ。きっと、、きっと佐馬、心残りだから。だから、、言わなきゃなんなかったの、、、!」

 涙声を押さえるように、もう最後は叫ぶように言うと、弧を描いて広がる執務室をドアに向かって駆けていく。

「キャシー・ルー、、、、、!」

 呼び止めて、いったい何と声をかけるつもりだったのか、わからない。わからないがそうしていた。
 立ち止まったキャシーが、肩をすくめるように可愛らしくすすり上げて振り向いた。

「いま、せっかく笑う約束してたのに、、。しょうがないね、、ぜんぜんだめで、、。でもさ、今、へんなこと思いだしちゃった。食堂で最後の一本だったお酒がどっかいっちゃったって、おとついだったか、騒いでたろ?」

「、、、酒、、?」

「あれ、佐馬だった。部屋で見つけたよ。しょうがないって言ったら、そっちの方がよっぽどしょうがないよねえ、、、」
 
 
 

 
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