J9 基地のゲート1

□星とタカラモノ
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 伯父の屋敷に戻って数日と言うもの、アイザックはコンピューターの前にひたすら居続けた。自分を置いて行ってしまった彼等の、何でもいい、ほんの僅かでもいいから、足取りを掴みたかった。
 本当に彼等は実行してしまったのか?いつ、どんな形で?それともまだこれからの事なのか。実行されたとしたら、それは成功したのか、それとも。
 何から何までわからなかった。ガイダール重工の銃の横流し。仮に彼等がそれの強奪を実行したとしても、一切、表沙汰にはならないのであろう。

「社長も重役も、予定のキャンセルも何もなし。警備の強化もなし。発信元不明の有線、無線、何もなし」

 溜め息をついて、疲れた目を擦りながら、アイザックはベットに倒れこんだ。

「裏帳簿を見つけるなんて言って、、、こんなんじゃ、、置いて行かれても仕方ない、、よね」

 戻ってから何度目かの涙をひっそり流す。

「、、、お酒なんか大嫌いだ」

 メイドが夕食に呼びに来て、慌てて取り繕って階下におりた。今夜は大晦日。
 明日には2100年を迎えるからと言って、マルトフ家では踊り出す者は居ないが、母やメイド達が腕を降るって華やいだ食卓になっている。厩番のエイキンをはじめ、執事やメイド、庭師まで、この家に住み込みで働く者は皆同じテーブルに呼ばれて、滅多なことではない賑やかさである。そして、多忙な伯父が、今夜一緒にテーブルにつけるのが何より喜ばしい事であった。

「ねえ、エイキン、機会があったら今度はこちらに彼女を連れていらっしゃいな。こうやってテーブルを囲むと、やっぱりみんな家族だと思うの。雇われているだけなんて、遠慮は起こさないでね?あなたの大事な人とも仲良くなりたいわ」

「そうよ、エイキン。そろそろ諦めて連れていらっしゃいよ。ソーニャ様はそれはそれは楽しみに待っていらっしゃるのよ?」

 息子しかもたないソーニャが、わが娘のように自分を可愛がってくれるのを充分承知しているメイドが、ソーニャを応援してひとしきりエイキンをからかう。デート休暇に付いていきながら、彼女の顔を見てこなかったアイザックまで、ついでにからかわれてしまう。

「独り者の私の家の中で、皆がこんなに旨くやってくれるのは、ソーニャと、、アイザックが居てくれるお陰だな。こんなに楽しい時間を百年に一度だけにしておくわけにはいかないね。もっと機会をもうけよう」

「あら兄さん、それは素敵だけれど、でもそれで満足なさらないで、早く良い方を見つけてくださいな。私とアイザックはいつでも引っ込みますわよ?」

 薮蛇をつつかれた当主が頭をかきかき、食卓から笑顔が絶えない。
 マルトフ家には全く珍しいこの賑やかさの半分、もしかしたらそれ以上、、は、自分のためだとアイザックは知っている。普段は閉じられている重厚なカーテンも今夜は引き上げられ、庭に自生する大きなヨールカの木を眺められる。ふと気づけば、エイキンと共に出掛ける前より、木に取り付けられたイルミネーションが増えている。屋敷に戻ってからこちら、すっかり落ち込んだ風のアイザックを、2100年の年明けにかこつけて盛り上げようと、、、、どこか不器用だが暖かい人々の気持ちなのである。

「あっ!」

 やおらエイキンが声を上げた。怪訝そうにのぞきこむ周囲に、もぞもぞとためらってから、彼はポケットに入っていた封筒を取り出した。

「食事中に、、あの、すみません。これをアイザック様に預かっていたのを、忘れていました。修理に出した馬具を取りに、さっき隣町まで行ったときなんですけど」

「僕に?だれから?」

 渡された封筒に差出人は書かれていなかった。

「すみません、名前は聞かなかったのですが、、女の子でした。同じお年くらいの」

「まあっ、、、、、まあまあまあ、アイザックに女の子からお手紙?」

 一番動転したのは当のアイザックだった。裏、表、ひらひらと繰り返し眺めていた封筒を慌ててポケットにしまいこむ。

「今時、お手紙なんて、なんて素敵なお嬢さんでしょう」

 老いも若きも女性陣は大喜びでキャアキャア騒ぎ立てる始末。エイキンは、何もこんなところで、とアイザックに睨まれる一方で、女性たちから女の子の容姿を問われおろおろしている。
 ポンッ!
 と、庭の方から、なにか弾けるような音がした。窓に注目すると、立て続け、二つ目、三つ目、、馬場の向こうの黒々した防風林の上に小さな花火が上がった。

「ああ、ハルラモフさんとこの若いのが庭で花火をあげてんですなぁ。あちらは風下に木が無いですから」

 のんびりした間隔で、ヒュルヒュル、、ポンと上がる花火の音を聞きながら、アイザックはなぜだかドキリとして、ポケットの上から手紙を押さえた。

(まさか、、、!)

 可能性を思い立つといてもたってもいられなくなった。

「母上!あの、、伯父上っ、、あの、二階の窓から、見てきても良いですか?」

「あらまだ、、」

「いいじゃないかソーニャ。アイザック、読んだら、またすぐ戻って来なさい」

「はい。ありがとうございます!」

 珍しくたくさん並んだ椅子に足を引っ掻けそうになりながら、部屋を出る。ドアが閉まった中で、皆が一斉に笑い出すのも気にしてなどいられなかった。

(ウスペンスキー、、ウスペンスキー、、ウスペンスキー!)





 差出人は、ラスプーチン。平らではない場所で書いたような、走り書きで乱れた文字。

「みんな、、無事、、、よかった、、」

 親愛なる、、という書き出しで始められたその手紙には、騙し討ちのような別れをした事への謝罪が書かれていた。しかしアントーノフカで初めて出会った時の『怖い思いはさせない』という自分の言葉を、ウスペンスキーが代わりに守ってくれた事もまた感謝しているとあった。
 彼等が、言っていた通りの事を起こしたのか否か、その顛末などについては書かれておらず、ただ、十数名でばらばらに地球を離れ、そのうちまた集まるだろうとだけ。
 日付は三日前。もはや後から追いかけるという手も絶たれたようである。
 伯父の書斎から持ち出した何冊かの本が、随分前から手もつけられないまま机に積み上げられている。一番上の一冊を手に取り、たった今一番大切な宝物になった手紙をそっとはさんだ。
 隣家の花火はまだ続いている。本を胸に抱えたまま、安堵で全身から力が抜けていくような、緊張で震えがくるような、どちらつかずの落ち着かない気分でカーテンの間をするりと抜け、ガラスの扉を押し開いた。
 森の黒と、雪の白に二分された景色の中を、またひとつ、のほほんとした光跡が空へ登っていく。それを目で追い、開いた火薬の花の、さらに上を仰ぐ。澄みきって凍てついた空気が肌を突き刺す。だが、アイザックの見つめるのは、その空気すら無い、遠い星空。

「どこだろう、、」

 散り散りに身を隠すと言うなら、やはりアステロイド辺りだろうか。
 どのように慰められようとも、やはり置いてゆかれたのだ。今の自分では何の役に立つものではない事もまた、思い知ってはいたが。
 きゅっと胸にかき抱くには厚さもあり、丁度手頃なその本は、祖父の買い求めた物だと聞いている。東洋の見知らぬタイトル文字と、派手では無いが美しい装丁に引かれて手元に持ってきたが、中身もすべて東洋の文字なので、今のところ手付かずになっている。
 伯父も母も口を揃えて言うには、祖父というのは結構な珍しもの好きであったらしい。生涯一度も使わぬままの大型船舶の免許を持っていたり、彼の若い頃にはまだ存在があやふやだった外宇宙の生命体とのコンタクトに情熱を傾けたという。本のコレクションも奇妙なもので、ひとつたりと同じ言語で書かれた物は無い。語学に堪能だったとは聞いて無いので、集めたからと言って読んだとは限らないようである。
 寂しさ紛れに、所在なく祖父の事に思いを巡らせていたアイザックは、突然重大な事に思い当たり、バッと夜空の一点を見据えた。

「おじいさま、、!」

 赤子の時、たった一度抱き上げてもらったきり会うことはなかった祖父に、アイザックは初めて心から語りかけた。死者は、残された者達の記憶の中にのみ居るのだと、誰に教わるともなく漠然とそう思っていた。だが、今はじめて、目の前に存在しない者に語りかける。

「今おもいついた事、、僕の思った通りにして、、よろしいですか?」

 祖父本人に問いかけてみたかった。教えを請うてみたかった。
 祖父の遺産の、ある一部が、伯父と母を飛び越してアイザック個人に残されている。なぜ祖父はそんな突飛なことをしたのか。まるでたった一人の初孫が将来それを必要とするのを見通したような。

「お怒りになりますか?こんな、、、使い方、、」

 それは初孫の誕生祝いのプレゼントだったのだと、祖父がいかに変わり者だったかという話題になる度に聞かされていた。変わり者の証明としては、とびきりのネタだったのだ。
 何しろ、そのプレゼントというのは、丸々、星ひとつ、だったのだから。
 ウェストJ 区と区画される一角にあるその小隕石は、数十年前、アステロイドが一般に分譲され始めた当初に祖父が別荘として買い取った物で、アイザックの誕生と共に相続された。最低限の住環境は整備されているが、純朴にも預かりものとして取り扱っている伯父はともかく、母などはいざという時の不動産程度にしか考えていないようだった。持ち主であるアイザックでさえ、自分の物だと言うのなら一度は行ってみたい、くらいのもので、普段はとんと忘れたままであったのだ。
 だが今となってはどうだ。ウェストJ 区と言えば、購入した当時とは状況はすっかり様変わりし、とても別荘として機能するとは思えぬ、法の目の行き届かない危険地帯で有名な所。散り散りに地球を脱出した彼等の、再会の場としてはなんともってこいの場所であることか。

「あそこに、、ある。僕の星、、、みんな、気がついて。、、、ちがう、そうじゃない」

 祖父の返事はあったのか無いのか。全く確信は持てなかった。ただ、見上げる先の星々は輝き、何かを自分に語ろうとしている。そんな感じは確かにして、見ているうちに、フッと意識だけが浮き上がっていく気がした。

「行こう、、僕も、、」

 アステロイドへ。
 父と母と、伯父と、、、そして祖父に感謝を、そして懺悔を。
 手遅れになる前に、彼等に追い付こう。そしてどんな重圧にも、重力にも囚われる事の無い場所で、自分を解放してやるために。
 ともかく数週間でも、数日の滞在でもいい。
 けれど、頭のどこかで確かに、そのわずかの一歩が、二度と戻れぬ道への始まりかもしれないと、承知してもいた。
 2099年が終わろうとする夜更け、アイザックは未知の己に身震いしていた。






ーーーーend ー ーーー
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