J9 基地のゲート1

□WARNING SIGNAL
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 飛ばし屋ボウイの戦歴を、キッドはさほどには知らない。モータースポーツに関してはまるで門外漢であるし、顔を会わせた当初から、ボウイはその業界からドロップアウトしたも同然だった。自分が正規軍でいつ、どのミッションに参加していたか、ボウイが事細かには知らないのと同じで、何かのついででそんな話題が出てくれば言わなくもないが、、互いにそれは過去の事として、別段こだわりもしなかった。
 けれどボウイは、、ちゃんと自分から尋ねてきたのではなかったか、、いつだったか、ずいぶん前。

  、、、この傷、どうしたの?、、もう何ともない?、、、他に何かある?、、、

 腹が立つのは自分の冷たさに。どうしてその時も、その後も、ボウイの体を気にかけなかったのか。

(ひょっとして、生死をさまよう大クラッシュの一つや二つ、、)

 脱いでいくボウイの仕草に一々ゾッとする。
 内輪ではあるが定期健診のような事はしているから、当然アイザックにも相談するとして、でもこれは内輪ではなくてちゃんと専門家なりに診せた方がいいだろうか。スポーツ選手のリハビリの権威なんていうのはアイザックの人脈にあるだろうか。
 自分に腹が立った勢いに、変則的な嫉妬も加わって脱がせてしまったものの、診てもわからないのは知れたこと。くるくると算段を巡らせながら顔を上げると、目の前にボウイの胸板。
 射撃室と人肌が実にミスマッチであると、今知った。重ねた事のある肌なら尚更。やめときゃよかったの一言に尽きる。

「あー、とりあえず問診でもしてみますかボウイさん」

 冷静な観察眼が揺らぎそうになるのを、ボウイを患者扱いして茶化してみる。が、言ったハタから、お医者さんんゴッコという言葉が頭に浮かんでしまい、イカれてるらしい自分を殴りたくなってくる。
 足を肩幅に開かせて上体をだらんと前に。自分の視線とボウイの背骨が真っ直ぐになるように、じっと見据えてみる。

「もっと力抜いて、ほら、首も。で、今まで外科のお世話になったのは、どこと、ドコ?レース以外でも何かあったんなら、それも抜かりなく」

「えーっと、ね、、、詳しく?」

「ったりまえだっ。きっちり治るまで走るのとか控えてたんだろうな?え?」

 上半身はだかで脱力状態のボウイをあちらから、此方から、何処かにバランスの悪い所がありはしないか、、、根ホリ葉ホリ、カタチばかり、脱がせたテマエ。
 しばらくの間それらしく振る舞っていたが、結局わかった事と言えば、知らない故障箇所より、、、、、記憶に生々しい、出逢ってからあとの傷の数の方が勝ってしまったという、事実。

   、、もう、何ともない?、、、他に何かある?、、

 それからも、その後も、いつでも。

   、、、何処をやられたって?、、、見せて、、こっちは、もうへーき?、、、、キスさせて、、、

 優しげに、眉をひそめて。
 正直、ウルサイと思った。そのうちボウイもキャリアを積めば言わなくなるだろうとも思った。些細な傷など気にしてはいられない。時には面と向かって女々しいなんて言ったりもした。
 けれど今、やっぱり自分もそっと眉値を寄せてボウイの体を見ているのだ。
 そして、視線を受けている体の持ち主は、、。

「へっくシッ、、!」

「あ、わ、悪りぃ、、ボウイ、やっぱ俺が見てもわかんねーや」

「なっ、何じゃそりゃー」

 勢い込んで身を起こしたボウイが、ふっと頭を押さえてしゃがみこむ。アクロバティックなのがお好きな人も、ノーマルに立ちくらみ。

「えっらそうにしといてからに!な〜にが問診ヨ」

 せーはーと息を整えながら文句をたれるボウイに、フォローのキス。せっかく整えた息も瞬間とまる。

「あ、あの、キッドさん?」

 訳がわからないボウイに、自嘲気味の含み笑い。今まで気にしてやらなかった分、キスで帳消しにしてくれとは言えない。他の事ではない、下手をしたら命に関わる。

「ちょっと、な。、、お前さ、考えた事ある?すっごいトシとってから、古傷のせいであっちこっち自由が利かなくなったら、とか」

 思い付くまま話をそらせてみる。でもちょっと興味はある。レーサー仲間ではそんな話はしないんだろうか、なんて。

「えーっ?ちょっとまてよ、人の裸みてジーサンになったトコ想像しちゃってたのかよ?ヤッダナー、すっげーヤダそれ!」

「そ、そうじゃないって!、、あ、お前が言うから、今から想像しちゃいそー」

「げ、やだ、だめ。しなくていいッ」

 本気で嫌そうに後退り、背を向けて慌てて服に袖を通すボウイだったが、途中でひょいと振り向いた。

「ま、いっか。どーなるにしても、、目指せ百歳の元気ジジイ!ってコトで」

「いーな、ソレ。俺もそれでいくかな。シブくて、、」

「シブトクて、、」

「眼光鋭いかっこいいジイサン?」

 吹き出し、笑いが重なってしばし腹を抱える。先に立ち直ったのはボウイの方。チョイとキッドを引き寄せる。

「その頃まで一緒に居られたらさ、トシで勃たなくなっても、愛してるって言い続けるよ」

 早口で耳元に囁いてぱっと身を離す。笑いがおさまらぬままそんな台詞を言われたキッドは、いまだ珍妙な表情。それを見てまたボウイが笑い出す。俺本気だよと繰り返しながら。
 反撃のタイミングをすっかり外されたキッドは、唐突に本来の目的を思い出した。

「そうだ!チャイナタウン行こうぜボウイ!安全で腕のいい鍼灸師、探してやるよ!ビカビカのR隕石のさ、、ああ、メイやシンなら詳しいかな?」

「??????」





 キッドの提案をボウイが理解したのは数十分も後である。

「は、針ぃ?刺すって、だって、、嘘だろ?」

「あらボウイさん、西洋医学の注射はすっごく痛いけど、東洋の鍼はそんなことないのよ?」

 そう言われても納得のいかないボウイはひたすら大騒ぎする。

「アイザック!ねっ、アイザックなら俺ちゃんの心境わかってくれるよね、ね。だって、東洋の血が流れて無いのダンナと俺ちゃんだけだもんね。他の連中、はなし聞いてくんないよっ。ひとつ、ピシッと助言してやってくれ、マイ ホームドクター!おねがい〜」

 アイザックの背中に逃げ込んだが、追手も駆けつけた。

「早く行こうよボウイ!姉ちゃんからついでに中華料理の材料たのまれたんだから!」

「アイザック!その根性なしを引き渡せっ」

 涼やかに、アイザックが立ち上がり、真っ直ぐキッドと向かい合う。

「治療費にはこのカードを使うといい。メンバーの健康管理なら経費でなんとかしよう。私とした事が気がつかなかった。手落ちと言えば手落ちだ、すまなかった」

「だーっ!アイザック〜!」

 あくまでも涼やかに、ボウイを振り返りにこやかに。

「東洋医学の神秘も、科学で証明されつつある。そう無闇に馬鹿にするものではない。次回の診察が決まったら知らせてくれ、医者の許可がおりれば立ち会ってみたい」

 へなへなと力の抜けたボウイに、とどめの人物が現れた。

「聞いたぞ、チャイナタウンに繰り出すそうじゃないか。アステロイドくんだりまで連れて来られてやったついでだ、わしも見物に行くぞ。なーにしとるボウズ、早く車を出せ」

 キッドが満足げにボウイの肩を押す。

「ほら、行くぜ。J 9 稼業にゃ保険年金ないんだぜ、トシ食ってドウなったらドウしてくれるんだって?」

 ぐうの音も出ずに引き立てられていくボウイ。
 診察結果と穴の因果関係は、はたしてあるのだろうか、、、、。





ーーーーend ー ーーー
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