その他

□朝起きたら
1ページ/1ページ


朝起きたら、なんてフレーズはどこでも聞く。勿論俺が仕事で、朝起きたら何かになっていた、という設定はよくあった。

そんなありきたりな設定に飽きもしたりするが、声優という人気が出るのはほんの一握りだと何度も思い知らされたので、文句は言わない。
まあ、俺は自分で言うのもなんだが、かなり人気だ。チケットが数時間で売れたり、俺が出ているアニメは同じ時間帯のアニメよりもちょっと高かったりと。
そんなこんなで家に押し掛けてくるファンもいた。毎日毎日ドアをノックするものもいたり、ポストいっぱいに手紙をいれたり。まあ、手紙はちゃんと読んでいるが(大体、同じ人からばかりだが。)
ついには、仕事から帰って家のドアを開けると、知らない人達が玄関で「おかえり!」と出迎えられたときは、即通報した。これは今でも、話したりする。
この事件のすぐあとロックが頑丈な、有名人が住んでそうな、凄い所へ越した。ここにきてから、手紙さえ届く事もなく、ごろごろする時間が増えて嬉しい。

新しい住居を満喫していた矢先、一切届かなかったファンレターが一通、届いた。
恐る恐る中身を見ると、典型的なストーカーの手紙だった。なのに、何時も見ている、という文だけが、酷く頭にこびりついた。そのときから、しきりに視線を感じるようになった。自分以外、誰もいないのに。
これ以上、怯えて暮らすのは嫌だと思い、家中を探し始めた。
結果。リビングに5台、各部屋に2台づつ。(勿論トイレにも…。)
速攻カメラ全てを処分し、掃除も兼ねてしていたのと、安心感でこてり、と眠りに落ちた。それから、数時間たってから隣で物音がした。枕でも落ちたのだろうか、と手を伸ばすと暖かい棒のような、ものが手に触れた。…足?いや、自分以外誰もいないはずだ。窓は全て二重ロックだし、ドアにも、チェーンロックを掛けている。誰にも合い鍵を渡していないし、誰にも家を教えていない。なのに、なんで。
目を開けて、すぐさま通報しなければ。なのに、金縛りにあったように、体が動かない。かたかたと体を振るわせていると、手を取られた。自分よりも大きい手、つまり相手は男だ。勝てない。握られていると、手のこうに暖かく、柔らかいものが触れた。瞬間、全身に大量の汗が吹き出た。気持ち悪い。手を抜こうと引いたが、びくともしない。焦って何度も手を引いていると、頭を撫でられた。

「そんなに、怯えなくてもいいのに。」
高い俺の声とは違い低くい、男の声。
嫌だ、こいつから離れなければ、と動けなかったことが嘘みたいに、ぱちりと目を開け体を起き上がらせようとするも、手をつかまれていて、ベッドの上に座っている体制になった。そこで、見た男の姿。金髪で、自分より体つきが良い。そして、穏やかな表情をしている。
「やっと、俺を見てくれた。」
高揚に満ちた声。もの凄い力で引き寄せられ、男の腕の中に閉じ込められるような形になった。
「や、やだやだ…っ、離してよっ!」
男の胸に手を当てて、離れようとするも、それ以上の力で抱きつかれているので、動けない。
「なんで、俺以外に愛してるって、言ったんだよ。」
先程のとは違い、地を這うような声。そういや、新しいアニメは、恋愛もののやつだったな。
「そりゃあ、仕事だもん。仕事だったら何でも言うよ。それか、俺に声優やめさせたいの?そーやってさあ、犯罪こーいまでして俺が嫌いならさあ、なんで家まで来たの?別に俺が外出てる時を狙って文句言うとかすれば「臨也」
びくり、と体が大袈裟に揺れた。
なんでこいつ俺の本名を知っているんだ。俺の芸名は、奈倉甘楽だ。女みたいな名前だ、とよくネタにされた。

「臨也、俺は臨也を愛しているんだ。」
ぎゅう、とキツく抱きしめられ苦しい。
「どこで、俺の名前を知った」
問いただしても、向こうは黙った。話す気はないらしい。同級生、または先輩、後輩にこんなヤツいたか、と記憶を掘り返しても、にたような人はいなかった。
「お前、本当に誰だよ。」
黙ったまま、何も言わない。せめて、ファンとかぐらい言えよ、とか思う。
よくわからないまま、イライラしていると、ドサリと押し倒された。
自然に、男が俺に馬乗りになる体制、もう逃げられない。どうしよう、と本格的に考えていると、男の手が、俺の首を握った。
「う、嘘。やだぁっ!喉だけはやめて、お願い。本当に、喉だけは…」
俺の悲願なんて無視して、徐々に力を込めていく。
「俺に愛してるって言ってくれない声は要らない。他の奴に愛してるって言う声は、要らない。」
なんて理不尽な。俺を殺すなら、俺をオファーした奴を殺して欲しいものだ。
ぐりぐりと喉を圧迫される。
「臨也、愛してるよ。」

グシャリ

喉が潰され、声にならない悲鳴が部屋に響いた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ