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□カルシファー
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「カルシファー、カルシファー。 私、好きな人ができたの」

おいらがいる暖炉の側で、頬をいつもより少し赤くする名無しさん。
その顔は、初めて見たものだった。




彼女が言うには、そいつは人間じゃない奴らしい。
ふーん、と一言言ってソフィーが置いてくれた牧を自分の近くに持ってくる。

表面上は面白くなさ気にしているが、本当はここいらの牧を全て焼き尽くしてしまいたいくらいの怒りを感じている。
なんだよ、何でおいらにそんな話して来るんだよ。なんて思っては見るものの、穏やかに笑う彼女に言うことはできなかった。


「カルシファーは、さ。 好きな子とかいないの?」

頬を染めたままの名無しさんが問い掛けてきた。
おいらの炎のせいか、その頬の色はさらに濃くなっている。
一つ、二つくらい間を開けて、まあ、いる......と答えると、名無しさんが手に持っていた鉛筆が、かあん、と薄暗い部屋に音を立てた。

ああ、落としちゃった。

彼女は身を屈めてそれを拾うと、再びおいらの方に向き直る。


荒野の方に繋がっていたドアから、雨の音がしはじめた。
ぽつぽつと、誰かがしゃべっていたら聞こえないくらいの小ささだったと思う。

「カルシファーにも、好きな子っていたんだね。 で、誰なの?」

先ほどと差ほど変わらない笑みを浮かべる名無しさん。
でも、どこか違和感を感じる。口角も上がり、目も細められているのに。

「さあな。 誰だっていいだろ」


好きなはずなのに。彼女が笑っていることはいいことなのに、今は何故かそう思えない。
目をそらすと、カルシファー、と名無しさんがおいらを呼ぶ。

反らした目線を元に戻すと、打って変わって無表情な名無しさん。
外の雨がさきほどより強くなり、喋っていても音が聞こえるようになった。

彼女の瞳の中でおいらの炎が揺れる。
それは、涙ぐんでいるようにも見えた。

「カルシファー、」

「貴方は、」




彼女がそこまで言うと、ドアをノックする音がした。行き先を変えた途端にドアが開く。


「やあ、名無しさん、カルシファー。 ただいま」


開いたドアから入ってきたのはさっきまで出掛けていたハウル達だった。

「あ、お帰りなさい、ハウルさん、ソフィーさん。マルクルとおばあちゃんも」


彼女はぱっと笑顔になって、帰ってきた皆のほうへ駆け寄っていく。
ソフィーから、今回買った食材が入っている袋を半分ほど受け取ってキッチンの方へ運んでいく。

「名無しさん......」

小さい声で名前を呼ぶも、彼女が気づくはずもなく。
はあ、とため息をついたあと、ふと思い出したのは頬を染めて笑う彼女の顔と、無表情な顔。
(さっきのは、一体何だったんだ?)
きっと気のせいだろうと、行き先を荒野に戻す。

ドアの向こうには雨のざあざあという音が溢れていた。

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