My little gray cells 番外編
□桜
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歌の練習にも飽きてしまった私は、特にすることも思い浮かばず、ふらふらと来ることもなかなかない図書室へと足を運んだ。
来ることがない、ではなく、来る時間がない、と言えば合点がいく。
昔から書籍を読むことは嫌いではなかった。
というよりも、むしろ好んでいた。
でなければ、こんな風にはるばる日本から偉人も見知らぬ大英帝国などに来れるはずもないのだから。
にしても、12歳で日本から来ることが出来た私もなかなかのものだと思う。
など自画自賛しながら本棚を見て回る。
欧州の技術はやはり進んでいて、筆で一冊一冊を手書きで増刷していくのではなく、活版印刷で大量生産できる。
世の中は知らないところで進んでいるんだ。
それを日本に持って帰るために私やほかの日本人がこの産業革命のあった、世界一の産業国大英帝国にいるのだ。
本も表紙ががっしりとしている。
和紙を重ねて紐で閉じるだけの日本の物と違って、革の頑丈な造りになっている。
これは絶対に何十年・何百年と朽ちることなく後世に伝わって行くのだろう。
「やっぱり、凄いな。大英帝国」
鳥肌がたつ。
こうやって日本にはない素晴らしい技術を生み出していることに感動を覚える。
ふっと見上げると、気になる本が一冊。
背表紙には、細かい字で「Japan」と書かれている。
東洋の本棚だったのかここは。
よく見ると「China」や「India」などと書かれた本がずらりと並んでいる。
英語で書かれているという事は欧州側からみた日本の印象などが書かれてのであろう。
興味がある。
私は少し背伸びをして、その本を取ろうとした。
その時、
スッと横から伸びた手が、私の狙っていた本を取った。
「あッ…」
「え?」
思わず漏れた声に反応したその人は、上から私を見下ろすと、首を傾げた。
綺麗な人だ。
と少し茫然と見惚れてしまった。
「あー...もしかしてこれが欲しかったのかい?」
そう問いかけられて、ほとんど意識のないままに首を縦に振ってしまっていた。
どうしても読みたかったわけではないし、別に読む時間も今の私にはない。
それでも手渡されて、ただただ受け取るしか出来なかった。
「ありがとうございます。」
「Pas du tout.」
聞きなれない言葉に私は更に首を傾げた。
英語ではそんな言葉聞いたことがない。
謎の呪文に呆然とする私にその人は、クスリと笑った。
「どういたしまして。当然のことをしたまでさ。」
「ありがとうございます。お礼は....」
咄嗟に出た”お礼”の言葉。
どうやら私は、アイリーン・カルテットの名に揉まれてお礼なんて気にしてしまう質になってしまっていたようだ。
「じゃあ、そうだなぁ....それなら君の名前を教えてくれないかい?」
少年はしばらく考え込むと、急に顔を上げてそう言った。
「そ、そんなことでいいんですか?」
今までの会話、そして彼の表情から彼が私の事を知らないと見た。
正直ありがたい。
私がアイリーン・カルテットであること。
そのレッテルで関わらなければならないこと。
これ程息苦しいことない。
「なんなら学年も教えてもらえるととても嬉しいよ。」
パチリとウインクをした彼にドキリとする。
こんなに胸がときめく相手に出会ったのはいつぶりだろうか。
と考えて、つい最近出会ったプラチナブロンドの彼が頭に浮かんだので慌てて頭を振った。
「あ、えと…笹森わかばです。学年は、3年です。」
「pardon?君が、3年生だって?」
信じられない、とでもいうように大げさに驚く彼に、私は怪訝な顔を隠して、苦笑いを零した。
「私、日本人だから幼く見えるのかもしれません。」
日本人だから、と言えば丸く収まるだろうと口走った言葉に苦笑した。
本当は日本人の中でも、身長が低くて童顔なのだが。
「あぁ....ニホンの人なんだね。だからさっきの本も。」
彼は視線を胸の中の分厚い本に向けて、ニッコリと笑った。
「あなたは?」
「あ、ごめんね。名乗るのが遅れてしまった。僕はアレクシア・サティーさ。学年は君と同じ。
これも何かの運命だね。よろしく、わかば。」
名前を聞いて驚いた。
頭脳明晰、容姿端麗
噂のサティー君とはこの人だったのか。
またも見惚れていた私は、慌てて首を左右に揺らすと、
ニッコリと笑ってその彼を見上げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。サティーくん。」
彼の差し出された手を握った。
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