Binomial Theorem
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ビートン校での生活はあのパーティ以来、がらりと変わった。些細なことでもモリアーティー教頭先生に共にいるよう言われた。私はモリアーティー教頭先生と一緒にいる時間が増えたので嬉しかった。と、同時に心苦しかった。だって彼は私を道具以上には見てくれない。私は教頭先生以上に見ている。すごく切なくて辛かった。
「アイル、最近はどうだ?」
今は珍しく1人。正確には2人なんだけど。マイクロフトと一緒に図書館にいる。流石にテストが近くなると図書館に行く、と言っても止められることはなかった。
「んー?別に?変わった事はないよ?ずっとモリアーティー教頭先生と一緒にいるだけかな。」
「不思議なこともあるものだ。初めはあんなに嫌っていたのにな。」
「ほんとに。私も不思議。」
お互いに笑った。手元のレポートは書き終わっているし、自主勉強もほぼ終わっている。少しだけ休憩といった雰囲気になった。ディーラー寮の生徒、特に私達みたいな生徒はなんでもやりたい放題だから図書館で紅茶を飲んでも何も言われないところが嬉しい。他の生徒には申し訳ないのだけれど。生徒会長にそそのかされて生徒副会長になってよかったわ。
「そういえば、最近、マイクロフトの弟だっけ?シャーロックくんの話をよく聞くわ。貴方に似てすごい推理力だそうね。」
「シャーロックか、あいつはまだまだ甘い。あいつは好きなことを好きなだけやってるただの子供さ。」
そう言ったマイクロフトの姿はとても切なそうだった。そうか、彼も私と一緒で親の期待を背負って自由がない人なんだ。
「....大変よね。」
「あぁ。」
それきり話は途切れてしまった。彼とは気心が知れた仲なので不快感はなかった。
「あ、そうだ。ねぇマイクロフト。パスィ・エヴィスさんって知ってる?」
「パスィ・エヴィス?
あぁ、有名だね。有名な数学の大学教授だ。エヴィス家と言えば代々数学界に名を馳せている。」
「ふぅん。」
「ついでにいうと貴族主義だ。家柄の格で態度を決める。僕らの家ならペコペコしてくるけれど得体の知れない家なら容赦なく見下す。」
私は紅茶を飲みながら聞く。パスィさんとはそんな人だったのか。雰囲気からそんな気はしていたけれど詳しいことは知らなかった。
「さすがマイクロフトね。詳しいことをよく知っているわ。」
「これから入らないといけない世界の事だからね。」
日が当たって気持ちのいい昼下がりの図書館。話している内容はそんなに気持ち良くないけれど。周りの人間はよく勘違いしている。ディーラー寮にいる人間全員が呑気に暮らしいているわけじゃない。特に6年生なんかになると家のことがあるから本当にめんどくさいんだから。2人してため息をついた。
「おや、アイル。お迎えだよ。」
「ん?」
「アイル。お喋りをしていて勉強が出来るのか?」
モリアーティー教頭先生が私を迎えに来たみたいだ。私は慌てて荷物をまとめて立ち上がった。
「ごめんなさい!
マイクロフト、またね。」
私はモリアーティー教頭先生に引っ張られて図書館を出ていく。ほんの少し手が痛いけれどモリアーティー教頭先生と手をつなげていることが嬉しくてどうでもよかった。