Binomial Theorem
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モリアーティー教頭先生の研究に協力を始めて早一年が立つ。私ももう6年生だ。今年もマイクロフトが生徒会長で私が副会長。
「教頭先生、資料取ってきましたよ。」
「ご苦労。そこに置いてくれ。」
モリアーティー教頭先生は私をこき使っている。私は逃げようと思えば逃げられるのに何故かこの部屋から逃げない。教頭先生は時々、本当に時々、甘くなってくれる。それが心地よくて離れられない。
「リリィウェリス、お茶をいれてくれ。」
「ん?あぁ、わかりました。」
モリアーティー教頭先生の部屋には一通りのティーセットがある。そしてなんとコンロもあるのだ。ここですべてが済ませられる。私は使った事はないけどお風呂もついているらしい。私もこの部屋がいいな。そんなことを考えながらも手を動かして紅茶を入れる。
「...オレンジペコか。気分じゃないが、まぁいいだろう。」
匂いだけでお茶の種類がわかる教頭先生はかなり紅茶にこだわる。一生懸命いれたお茶を教頭先生に渡す。
「最近はいれるのが上手くなったな、アイル。」
こうやって、褒めるときだけ名前を呼ぶ。それがわたしの心を掴んで離さない。気付いたけれど私は声に弱いらしい。一種のフェチズムだ。モリアーティー教頭先生の深くて低い声で名前を呼ばれると私はたまらなくなる。
「....ありがとうございます。」
「これは?」
一人で照れていると教頭先生はチョコレートのかかったクッキーをつまんで見せてきた。
「あ、それはマイクロフトから貰ったクッキーで...お茶菓子にちょうどいいかなと思って持ってきたんです。」
「私が甘い物が苦手なのを知っていてか。」
「これ、甘さ控えめのビターチョコですよ。」
笑って私は紅茶を飲もうとカップに手をつけた。その瞬間、ぞわりと背筋が凍った。....やってしまった、のかな?
「っ....」
モリアーティー教頭先生はクッキーを私の口にねじ込んできた。勿論、砕いているわけもなく大きい形のままなので口の中はクッキーでいっぱいになる。
「ふぅっ....ふぇ」
「甘さが控えめかどうかは私が決めることだ。
ふん、無様な姿だ。」
何か話そうと思っても上手く口を動かせない。なんとかクッキーを噛み砕いて飲み込んだ頃に今度は教頭先生は目の前に指を差し出してきた。
「指がチョコレートで汚れた。このままではペンが持てないな。」
そう言って笑ったと思った瞬間、彼の指は私の口の中にあった。歪んだ笑いを浮かべているモリアーティー教頭先生。普通の人からしたら異常なのかもれない。けれど、その姿まで私はカッコ良く思えてしまうのだ。
「ふっ....ん...」
唾液のぴちゃぴちゃと言う音が部屋に響き、なんとも言えない空気になる。教頭先生は私の口の中で指を器用に動かす。舌の上をなぞられて体が震えた。その姿をとても満足げに教頭先生は見つめている。
「....もういいぞ。」
教頭先生は口の中から指を抜いてそう言った。私は口の端に垂れていた唾液を拭き取って何事もなかったかのようにソファーに座りなおす。毎日のようにこうしてからかわれる。最初の頃は真っ赤になって慌てたり、本気で怒ったりした。けれど、彼にとってコレは遊びなのだ。本気になってしまってはいけない。....私は込み上げてくる思いをいつも必死に堪えてポーカーフェイスを演じる。モリアーティー教頭先生は頭が良くて、実は紳士で、かっこよくて、私の理想だ。
他の生徒に見つかる訳にはいかないこの関係が怖いけれどとても心地いい。