My little gray cells
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美しい日差しが差し込んでくる朝、僕は気持ちいい微睡みから起き上がることが出来なかった。久々にベッドを借りて眠ってみたけど心地が良すぎるなぁ。僕は覚醒していない頭をベッドの中へ潜り込ませ、日差しを避けた。そんな幸せなひとときをノイズが遮る。一体何が起きているんだい?こんな朝からどたばたとホコリが舞い上がりそうな音が階下から聞こえてくる。僕は流石に微睡むわけにもいかず、ベッドの上で体を起こした。
「朝からごめんなさい。ホームズ君はお仕事中?それにサティー君は?」
「ホームズはさっきから何やら考え事を...。サティーはまだベッドの中です。」
聞こえてきたのはアドラー先生の綺麗な声とジョンの声。ベッドの中...確かにそうだね。僕は自分がまだパジャマ姿なのを思い出してすこし恥ずかしくなった。
「精神の集中は僕にとって大事な日課なんです。
でも、アドラー先生が保健室を離れてここを訪ねてくるというのは何か大変なことが起こったに違いない。僕らでよければお手伝いしますよ。」
シャーロックがいつものように格好をつけてアドラー先生に言った。僕はすこし苦しくなった。先日学んだ、学んでしまった嫉妬とやらか。
「僕も着替えたらお手伝いしますよ、アドラー先生。」
「あら、まだパジャマ姿なの?お寝坊さんね、サティー君?」
制服を持ってゆったりと階段を降りる。アドラー先生はゆるりと笑いながら僕のパジャマ姿を眺めていた。
「成績優秀、眉目秀麗、貴顕紳士なアレクシア・サティー君もそんな姿を見せるものなのね。」
「どうかご内密に、マドモアゼル。」
互いに含んだ笑いを浮かべると僕は着替えるために部屋に備え付けられている洗面所に向かった。僕はそこで顔を洗い、歯を磨いてから、シャワーを浴びるか悩んでいた。うーん...みんな待ってるし、今日はやめておこう。他愛もない悩みを振り捨て、ネグリジェをぱさりと脱ぎ落とすと制服のシャツを羽織る。一つ一つボタンを締めていく。その手は、ぼーっとしているせいか掛け違いが多くて何度もボタンをかけ直す。そんな時、洗面所に誰かが来た。おそらくアドラー先生だろう。そう思って僕は胸元が大きく開いたままで振り返った。
「アレクシア、いつまで顔を洗って...」
「どうしたんですか、アドラー先...
え、し、シャーロック...かい?」
僕はあまりにも驚きすぎて手を止めてしまった。シャーロックも同様に目と口を開いたまま固まってしまった。今までこんなことは起こらなかった。なぜなら着替えの時はシャーロックが入口で立っていて、僕が出てくるまで誰も中に入れなかったから。もちろん、シャーロックが入ってくることなんて一番ありえない。けど、今ありえないことが有り得てしまった。
「っごめん!!!!
...早く着替えてくれ。今回も面白い事件が舞い込んできた。」
シャーロックは謝罪の言葉と共に跳ねるように洗面所を出ていって、外から用件を伝えると部屋へ戻っていった。残された僕は呆気に取られてぽかんとしていた。
『あんなに慌てたシャーロックは初めて見た...』
僕の中ではそのことが1番印象に残った。そ、そりゃ着替えを覗かれたのは恥ずかしかったけど、もうシャツは着ていたし...。そこまで僕が考えてからふとあることに気がついた。
「僕は、まだズボンを履いてなかったのかい...??」
そう、今まさにズボンを履いてボタンを留めたところだ。さっきまでは下着のままだったということか。
『...っ嘘でしょ!!!!?』
僕は思わず声を上げた。じゃ、じゃあ僕の脚はシャーロックにバッチリ見られちゃったってことだろう?鏡に映る僕の顔は真っ赤に熟れた林檎だった。何も言葉が出なくなり、頬に手を当てて床に座り込む。
「アレクシア?大丈夫?」
ノックと共にアドラー先生の控えめな声が聞こえた。あぁ、さっき叫んでしまったからか。僕はドアを開けてアドラー先生を入れた。もちろん床に座り込んだまま。
「何が起きたの?」
「シャーロックが...シャーロックが僕の下半身を...」
「アレクシアの下半身!?」
アドラー先生は大仰に驚いて僕の脚をぺたぺたと触り出した。それがくすぐったくて身をよじる。
「アドラー先生、そんなに触らないでください...くすぐったくて、仕方ないです。」
僕はするすると脚の上を滑るアドラー先生の綺麗な手を握ってそう言った。
「何をされたの?」
ひとしきり触り終わったアドラー先生は心配そうに僕の頭を撫でながら尋ねてきた。僕はまた頬が熱くなるのを感じながら事の顛末をアドラー先生に話した。
「...それでシャーロック君が出てきた後で叫んだのね。」
心から安心したようにアドラー先生が言った。僕は本当にこの人に大切にしてもらっているんだな、と実感した。
「これからは気をつけないとね。
シャーロック君には私からきちんと話をしておくわ。釘もさしておかないと。」
ウインクを飛ばされ、僕はしばらくアドラー先生に見惚れてしまった。やっぱりこの女性はとても美しい。同性である僕でさえ魅了されてしまうよ。
「有難うございます、アドラー先生。僕は本当に幸せ者です。こんなに構ってもらってちゃあ、ノートン先生に美術の成績を下げられてしまいそうですね?」
「あの人はそんなことしないわ。
早く着替えなさい。向こうでワガママ坊やがしびれを切らして待ってるわ。」
軽口を叩き合う僕らは何も変わってない。心地よい笑いの後、アドラー先生は洗面所を去った。僕は急いでリボンタイを結び、コートを羽織る。ベルトを締めて髪に軽くブラシをかけた。
「よし。」
1つ息をついてから僕は洗面所を出た。いつもの部屋の中にはアドラー先生はもういなかった。見渡してみるとジョンとシャーロックしかいなかった。
「シャーロック、アドラー先生は?」
「...もう帰ったよ。」
シャーロックはどこか恥ずかしげに僕から目をそらした。そのおかげで僕は少し前の出来事を思い出した。
「そ、そうかいっ。
あ、ジョン!数学の課題の出来はどうだい?僕でよければ手伝うから見せてみなよっ!」
僕は恥ずかしさから早口でジョンに言った。ジョンは一体何事なのかと僕とシャーロックを見ている。そんなジョンの背中を押して課題を広げさせた。うん、いつも通り惜しいところまで出来てるのにあと1歩足りないね。僕はその変わらない課題に安心して笑った。
「な、なんで笑うのサティー〜!」
「いや、君らしくて素晴らしいよジョン。
さぁ、考え直していこうじゃないか。ここはxに-3を代入したくなる。その気持ちはよくわかるよ。」
僕が同情を込めて背中に軽く触れるとジョンは諦めたような顔で僕に振り返った。
「でも、間違えてるんだろ?いつものことだよ。どうしてうまく解けないのかな?」
「ジョン。君は出来ているんだ。だからそんなに卑屈にならないでおくれよ。ほんの少しのミスじゃないかい。
次からは間違えないだろう?」
僕が青で訂正を入れてみせる。ジョンはそれをじっと見るとため息をつきながらも次の問題、次の問題へと進んでいく。ジョンは元々、数学の才能があるんだ。僕はジョンの姿を見て微笑んでいた。すると突然、ベルトを引っ張られてバランスを崩しそうになる。
「うぇっ!?」
「そんな意味の無い宿題なんかより目の前の事件だ。
早く現場に行こう。」
シャーロックはそういうが早いか、僕の手をぐいっと引っ張って部屋を出た。あとを追いかけるようにジョンも出てきた。廊下は凍えるような寒さだ。