My little gray cells 番外編

□桜
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「わかばはニホン?の人なんだよね?よかったら僕にそのニホンのことを教えてくれないかい?」

「え?あ、構いませんよ。」


ニッコリと微笑み返す。

やっぱりこう見ると、なんて綺麗な人なんだ、と思う。

硝子玉のような綺麗な瞳。
白い肌に、薄い唇。

男性とは思えないほど美しい。

声も中性的だし、もしかしたら女性かもしれない。

もし、そうなら…。

羨ましい。

今自分の口から出そうになった言葉を思い返して、ハッとした。

なんてことを言いかけたんだ私は。

思わず視線を逸らすと、行き場に困ってしばらく泳ぎ回った。

が、まだ彼がじっと私を見つめていることに気が付いて、首を傾げた。


「...サティーくん?」

「あっ、ごめん。すこしほうけてたみたいだよ。今日は気持ちいい天気だからね。ピクニックでもしたら気持ちいいだろうねぇ。」


そう言って窓の外を眺めたので、私も釣られて外を見つめた。

硝子の瞳がどこか遠くを見つめる。

悲しそうに、寂しそうに。



「日本のことだと、何が知りたいですか?」


慌てて問いかけると彼は先程同じように、優しい面持ちに変わって、頬笑んだ。


「そうだね....その綺麗な髪はニホン特有なのかい?」


そっと手を伸ばしたかと思うと、その指は大胆にも私の髪に触れた。

ドキッとする。

それと同時に身体がビクリと跳ねた。


「あぁ、ごめんよ。驚いてしまったかい?」

「はい、ちょっと。こんなにスキンシップが激しいのには慣れてないので...。」


早鐘のように打つ心臓を落ち着けるために、何度も深呼吸をする。

それに…この髪を珍妙に見る人はいても綺麗だと言う人はなかなかいない。

すこし、嬉しかった。


「髪は、そうですね。日本人ならだいたいの人がこんな感じの髪ですよ。」


真っ黒な色素の濃い髪色。


「申し訳ないね。

そうなんだ。ニホン、素敵な国だね。僕も行ってみたい。」


素敵な国

まだまだ発展を遂げていない日本。

そう言ってもらえるような国では、まだない。

いつか、そう言ってもらえるように奮闘してるのが私達なんだ。


「ニホンってイギリスと同じ島国なんだよね?やっぱり似ているのかい?」

「いいえ、全然違いますよ!車はないし、機関車もないし....」


最近、やっと馬車が普及してきたのだ。

こっちに来て初めて車や機関車をみて、腰を抜かしたのだから。


それにしても、この少年と話をするとなんでもかんでも口から滑るように出てきてしまう。


話しやすいのは彼の優しい眼差しが魅力的だからだろうか。


「それって....人が住めるのかい?未開拓地も同然じゃないかい!ニホン人ってすごいね....僕は絶対に住めない。」


確かに、私が物心つくころはまだみんな着物を着ていたし、洋服を着ている方が珍妙にみられていた。

それでも生きていけてるのだからサティー君は少し大袈裟だ。

紅茶がないと生きていけない、と力説する彼の言葉に少し引っかかりを感じて、思わず聞いてしまった。


「サティーくんはイギリス人なんですか?」


欧州の人たちはみんな同じ顔をしているように思う。
きっとこちら側の人たちも、私たち東洋人が全く同じに見えているのだろう。


「ううん。僕はフランス人さ。1年半前くらいにここに転校してきたんだ。」

フランスと聞いて私は思わず飛び上がった。

パリ!エッフェル塔!凱旋門!

噂でしか聞いたことのない夢にまで見た仏蘭西!

「フランス人!フランスってお洒落なイメージがありますから羨ましいです。サティーくんもどこか気品のある、お洒落な雰囲気をまとってるからフランス人だと言われて納得です。」


思わず饒舌になってしまって、少し引かれたかと思ったがそうでもなく、彼はどこ満足気に胸を張っていた。

少しその鼻高々な表情が可愛らしいと思ってしまった。

「フランスは素敵な国だよ。パリは...ちょっと汚いけれど、食事とパンなら任せておいて。」

「パリって汚いんですか!?」

少し意外に思って唖然としてしまった。

そんな印象なんてさらさら受けない。

「まぁ、ね。慣れたらどうってことはないと思うよ。ただ、第三者として見るとすこし、汚いかな。」

あははと乾いた笑いを漏らすサティー君。

慌ててフォローするように、

「そうなんですね。まぁ、日本も同じような感じですよ。やっぱりどの国にも良いところ悪いところ、ありますよね。」

と言うと、サティー君もまたクスクスと笑った。

「完璧なんて人間の世にはないからね。」

尤もだ。
もし完璧なんであれば、この世はいかにつまらないものになるか。

だから、私は勉強が出来なくてよかったのだ。
なんて自分で思ってクスリと笑ってしまった。

それを笑いの火種だというようにシェイスタ君も笑い出すと、二人でしばらく笑い続けた。

一息つくと心地の良い沈黙が訪れた。
しかし、サティー君は居心地が悪いのか、しばらくあっちへうろうろこっちへうろうろと歩き回っている。

私は先ほど覗いた窓の外を再び見た。

先ほどサティー君はピクニック日和だと言った。

確かに今日は暖かい。

きっと日本では桜の蕾がふっくらとしているのではないだろうか。

私の実家のそばには桜の大木があった。

まず、寒さの残る初春に梅の香りがどこかから漂い、桃も咲いた。

そして、一つ二つと桜が咲いて、

いつしか大輪の花を咲かせる。

そして、その木の根元で御座を引いて母が私を抱いて、小さな声で呟くように歌うんだ。


さくら さくら
野山も 里も
見渡す 限り
霞か 雲か
朝日に 匂ふ
さくら さくら
花盛り

さくら さくら
弥生の 空は
見渡す 限り
霞か 雲か
匂ひぞ 出ずる
いざや いざや
見にゆかむ


「さっきのハミング....君かい?」

「うそ!?音、出してましたか....?」


幼き日の思い出に思わず口ずさんでいたようだ。

恥ずかしくなって顔を両手で覆うと、隠した顔を覗き込むようにサティー君が後ろから言葉を続けた。


「あぁ、バッチリ聞いてしまったよ。とても綺麗な音だった。

是非何か歌ってみてくれないかい?ほとんど人もいない時間だし....頼むよ!」

「無理ですよっ!」


舞台では歌える、練習でも歌える。

でも、ただ一人のために歌うのは、本当に勇気がいることなんだ。


「どうして?小声でいいからさ。んー....なんならまたハミングでもいいよ。君の歌が聞きたいんだ、わかば。」

どうして、私の歌を聞きたいなんて。

アイリーン カルテットであると知ると、みんな私に歌うようにせがむんだ。

それが私は嫌で嫌で仕方がなかった。

のだが、何故か彼は全くと言ってその嫌悪感を覚えず、逆に聞いて欲しいとまで思っている自分がいて、驚いている。

たぶん、それは彼が素直に私の歌を音楽として受け入れ、そしてそれを聞きたいと感じているからだ。

一切の下心を感じさせない彼の視線に、
小さく頷くしかなかった。


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