My little gray cells 番外編

□Aの愛情
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「アドラー先生っ」

保健室に現れたこの生徒はアレクシア・サティー。ちょっとワケアリな女の子。

「珍しいわね、貴女が授業をサボるなんて。」

「サボタージュじゃないですよ。もともと今は空き時間なんです。」

「空き時間なら図書館にでもいればいいのに。ここは病人が来るところよ。」

私はそう軽くあしらいながら今日中に提出しないといけない書類にサインをする。めんどくさいことこの上ないわ。

「じゃあ....僕はアドラー先生に会いたくて、それにお話もしたい病の患者です。

これならいいでしょう?」

「....目的はなぁに?名探偵さん。」

「ふふ、なんでもないですよ。」

ある事件以来、こうして懐かれるようになった私はいつもこんな口説き文句をかけられる。女の子にそんなこと言われても嬉しくもなんともないわ。あぁ、チェックを入れる欄を間違えたっ!私はイライラしながら髪を纏めなおす。

「なるほど、アドラー先生はそんな癖があったんですね。」

「そんな情報どうするの?ホームズ君にでも教えるのかしら?」

その男の子の名前をあげるとあからさまに態度が変わるアレクシア。頬をピンクにしている様子は若い子だからの可愛さが出ている。

「し、シャーロックには教えません!」

「私には勝てないものね。」

ん?と挑発気味に言ってやるとアレクシアは口では反論するものの思い切り沈んだ気分になっていた。そんな姿が子供らしくて守ってあげたくなった。元々華奢な体つきだし、何より過去の話を聞かされてからは尚更。自分の子供、とまではいかないけれど近いくらいの感情をアレクシアには抱いている。

「冗談よ。私こそ貴女にはかなわないもの。それに悪いけど私にはもう愛する人がいるから。

ホームズ君の中の一番は紛れもなく貴女よ、アレクシア。」

「....ありがとう、ございます。」

口では感謝しているけどどこか納得がいってないようね。私が彼女の頭を軽く撫でると少しだけ表情を崩した。

「アレクシア...まだ男の子は怖い?」

彼女の座っていたベッドに腰掛け、頭を撫で続けながら問いかける。その質問に一瞬で体を強ばらせる。あまりに核心を突きすぎている質問だけれど、アレクシアが普通の女の子に戻るためには必要なこと。アレクシアはシーツを必死に握り締めている。

「まだ、怖いです....。」

「じゃあ質問を変えるわね。

ホームズ君とはどう?」

そう聞くと、私の隣にいる小さな女の子は顔をあげて不思議そうな顔でシャーロック?と聞き返してきた。

「そう、シャーロック。」

彼女は俯いて顎に手を当てながら少し考え込んでから呟きだした。

「最近はよく怒られます。まぁ僕が勝手なことしちゃうことが増えたってだけなんですけどね。

あ、でもでもこの前、ロンドンの街に行ってきたんですよ!」

ホームズ君の話題になるとえらく饒舌になる。幸せそうに語るその様子は明らかに『恋する乙女』のそれ。ここまであからさまに想っているのに本人が恋していることに気付かないなんて....驚きを通り越して呆れちゃうわ。

恋の楽しさを知っている私としてはこの子に素敵な恋をしてもらいたいと思っているの。そりゃあ辛いこともあるけれど、この子には素敵な人がいるんだからそれをみすみす逃して欲しくないわ。

「休暇に外出許可をもらって!私の両親がたまたま今、ロンドンに滞在してて....ついでにシャーロックと遊んできました。」

「貴女のご両親って?」

「あ、えと、音楽家です。母はバイオリニスト、父はマエストロです。ヨーロッパを回って演奏会をやってて....今回はロンドンだったんです。」

両親とシャーロックはとても仲良くなったんですよ、なんて笑いながら言うアレクシア。私はそう、と流しかけたところで気がついた。

「....ちょっと待って。音楽家でサティーって....かなり有名じゃない!?確かフランスの一流オーケストラから出て今はフリーで活動してるって....」

「あれ、アドラー先生よく知ってますね。嬉しいです。」

この子は自分の親がかなりすごい人であることを理解しているのかしら?私は驚きを隠しきれない。私はアレクシアのいるベッドから近くの椅子に座り直した。

「でもそれなら何故アレクシアはベイカー寮にいるの?ディーラーに居るべきじゃない?」

そう私が言うと、アレクシアは眉を寄せて困った顔をしていた。この顔、どこかで見たことが....あ、ホームズ君と同じなのよ、この顔。

「その、お金はあってもディーラーには入りたくなかったんです。前の学校がお金持ちしか入ることのできない学校だったんで....。」

「なるほどね。」

過去を知っている私は何も言わずにそれだけを言って微笑んだ。

「ま、ホームズ君とは仲良くやってるみたいで安心したわ。」

「あ、そうだアドラー先生。僕、聞きたいことがあって....。」

珍しく、アレクシアが弱気な態度で私に話しかけてきた。なるべる優しいトーンで私は声をかける。私は彼女の辛さを分かることは出来ないけど癒すことはできるはず。

「なぁに?迷える探偵さん。」

「最近、胸がしめつけられるようなことが多くて....時には息することさえ億劫に思うんです。....僕はもしかしたら病気なのかもしれないんです。」

「それは....どういった時にそうなるの?」

「....シャーロック。そう、シャーロックといるときによくなるんです。」

あまりに純粋な彼女の瞳に私は吸い込まれそうになった。なんて無知な子供なんだろう。いとおしさが私の胸を駆け巡った。

「そう。それは病気じゃないから安心しなさい。

それから気になるのならホームズ君本人に聞いてみたらどう?」

「でも....なんか、恥ずかしいです。」

「ふふふっ。大丈夫よ。きっとホームズ君は喜ぶわ。」

私は彼女をベッドから立ち上がらせて背中を押した。不服そうな顔をしているけれどそれすらも可愛らしく思えてくるから自分でも笑えるわ。

「....本当ですか?」

「本当よ。ほら、早く授業に戻りなさい!」

私が最後にそういうと頷いて笑ったアレクシアはとても魅力的だった。....流石のシャーロック・ホームズ君もこの笑顔には負けるのね。

「アドラー先生、また来ますね。」

「授業中は来ないようにね。」

「はい。」

彼女を見送ると同時に私の愛しい人が保健室に現れた。

「やぁ。」

「あら、何しに来たの?ここに来なくても家で会えるのに。」

口ではそういいながら彼が来たことを喜んでいる私。自然と微笑みが溢れる。

「授業がなくて暇でね。」

「職務怠慢ね。」

「これは手厳しい。」

クスクスとお互いに笑いながら椅子に腰掛ける。私は紅茶でも入れようと用意をした。彼は甘さ控えめ、私は砂糖多めで。まるであの2人のような嗜好に1人で笑った。

「何がそんなに面白いんだ?」

「ん?ひ、み、つ。」

私は紅茶を持って席についた。スプーンで混ぜながらさっきのアレクシアの姿を思い出す。なんとも小さくて純粋で可愛らしい姿。

「....子供が欲しいわね。」

「っ!?!っごほっ....」

「ちょっと!何してるの?」

ポツリと呟いた言葉に過剰に反応した彼を見て私は呆れつつも、愛しさがこみ上げてきた。....いつかこの人との子供が見れる日が来るのかしら。その子供はきっとアレクシアと同じくらい、それ以上に愛しく感じるのだろう。彼と、私と、その子供。幸せね。

「アレクシアにもこの幸せを味わって欲しいものね。」

「サティー?」

「こっちの話。

子供は女の子がいいわね。」

私が微笑んで彼の顔を見ながら言うと彼は私に1つ、キスを落としてから綺麗に笑った。

「嫁には絶対出したくないな。」

「言うと思った。」

私はとても幸せ。アレクシアもいつか、ホームズ君とこの幸せを味わって欲しいわ。そのためなら私は何でもする。それが私の、アイリーン・アドラーの愛情。

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