My little gray cells 番外編
□Sの苦悩
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僕は最近よく思う。
「ホームズ、」
ほら来た。僕の悩みの種が。
「なに?」
読んでいた本を閉じて向き合う。読んでいたのは小説なんていうくだらないものじゃなくて世界の草花についての辞典だ。
「なにか面白いことないかい?僕は最近、新しい色が見つけられなくて退屈しているんだ。」
そう言ってソファーに項垂れているのはれっきとした『女』だ。しかしとある事情から男のふりをしている。
「アレクシアの大好きな戯曲でも読めば?」
「シェイクスピアは全部読んじゃったよ。なにかワクワクするようなことは起きないかな?」
そう言いながらアレクシアは部屋の中を歩き回りだした。パタパタと周りを歩かれるのは正直、邪魔だ。声をかけるか、と思って口を開こうとアレクシアの方を向こうとするといつの間にか僕の隣に座って本を眺めていた。
「これは見たことない本だね。植物図鑑かい?」
「....そうだけど。」
「面白いね、これ。」
こうなると決まっているいつものパターン。このまま夕飯まで一緒に本を読む。ちらり、と隣を見ると早くも真剣に図鑑を見ているアレクシア。
「....。」
体の線は明らかに女だ。自分でハサミで切ったと言っていた柔らかそうな髪からちょうど首筋が見える。色も真っ白で触ると心地よさそうな感触がしそうだ。今、手が口元にいった。きっとなにかアレクシアにとって面白いことが書いてあったんだろう。口はやはり小さい。唇が僕と比べて分厚く、しっとりしている。心なしかピンクがかっているようにも見える。
「....?ホームズ?」
「え?あ、なに?」
「次のページ、めくってもいいかい?」
「どうぞ。」
「ありがと。」
自分でも驚くほどアレクシアに見とれていたみたいだ。....アレクシア本人は女扱いを嫌っているのに僕は時々、こうやって非常に女だと思ってしまう。
この気持ちは自分でも理解しているつもりだ。僕もそんなに子供じゃないし、アレクシアに対する思いの名前くらい検討がついている。
「ホームズー」
「今度は何。」
「...新しい色が見たい。」
どこかむっすりとした顔で言ったアレクシアに思わず笑いそうになった。けどそれを感じさせまいと僕はポーカーフェイスで無視した。
「...レストレードの所へ行ってくるよ。何かあるかもしれない!」
そう言って急に立ち上がった。
「なっ....!?」
「ホームズも行くかい?」
なんの悪気もなさそうに言うアレクシアに少しムッときた。僕はそれを無視してアレクシアの机、兼僕の机にあったチェス盤を持って一人で駒をおいた。
ほら、そわそわと僕の方を見だした。ここで止めの一言がいるかな。
「レストレードのところへ行くんだろ?僕はチェスをしているから一人で行ってくれば?」
「う....そ、れは嘘だよ。」
そう言うとアレクシアは駆け足で僕の目の前に椅子を持ってきて駒を動かした。ほう、なかなかいい手だ。僕は笑って次の手を考えた。
「ホームズはさ、」
「ん?」
ふとアレクシアが口を開いた。
「とても綺麗に笑うんだね。」
女子生徒が騒ぐのも分かるね、なんて笑いながら言う。....何も分かってない。
「興味無い。その手の話は苦手じゃなかったの?」
「いやそうだけど、今さっきの顔がすごく素敵だったからさ。いつもあんな笑顔ならもっとかっこいいのに。」
「....っ」
ほんっとに分かってない!!たまにこうやって極々自然に褒めちぎってくるアレクシア。フランス育ちというのはこういうものなのか?今も、照れてるのかい?そっちの方がなんだか可愛らしさが出ていいね、なんて笑いながらチェスの駒を動かしている。
やられっぱなしはしょうに合わない。
「....笑顔ならアレクシアも負けてない。むしろアレクシアの柔らかい笑顔のほうが人気ある。僕も、気に入ってるし。いや、笑顔だけじゃなく君の顔は数多くの生徒に気に入られている。自覚がない、というのがおかしいくらいにね。」
「えっ、え?」
褒め返すとすぐに頬を染めて髪をいじり出した。アレクシアは照れると髪をいじる。
「僕、人気者なのか....照れるね。」
えへへ、と笑っている姿に思わずコケそうになった。僕が言いたいのはそう言う事じゃないんだけど。....まぁ、アレクシアの過去のことも影響してあまりそういうことを考えたくない、という事も影響してるのかもしれない。僕は別にアレクシアに同情してるわけじゃない。出会ったばかりのアレクシアは余りにも不安定過ぎた。思い出すと今のアレクシアはすごく幸せそうで満足だ。
「ホームズ、君の番だよ。」
「....あぁ。」
駒を動かした。
「チェック・メイト。」
目の前のアレクシアは驚いた顔をした後、負けを認めるからもうひと試合とねだってくる。その姿はひどく『女性的』だった。
....そろそろ僕自身もチェックなのかもしれない。