prescription

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暗い鉄格子の中で私は虚空をぼんやり見つめていた。体が小さくなった、5歳くらいかな。何も考えられない。頭がぼんやりして、考えようとすると頭が痛くなった。だから、ただぼぅっとして座っていた。


不意に鉄格子の扉が開く。
同じように虚ろな目をした子達と一緒に外へと連れていかれた。白衣のような衣服を身に纏っていた大人達に導かれるまま歩いてゆく。顔はぼんやりとして見えない。どうでもいいけど。全てがどうでもいい。ここはどこだろうとか、これから何をするのかとか、考えるのが億劫だった。



白い壁の部屋、窓も何もない。
私達は一本のナイフを渡される。
一人になるまで戦えと大人に命令された。
大人はこれを「間引き」と呼んでいた。



相変わらず私は何も考えられない。
私は渡されたナイフで子供達の喉を掻き、心臓に突き刺す。
私が生きるために呼吸をするように。
私は生きるために殺す。
特別なことじゃない。
自然に、意識せずに。
だから、何も考えない。
考える必要がない。



頭がぼうっとする。

















「ねぇ君、馬鹿じゃないの? 」


目を開けると雲雀の顔が目の前にあって驚いた。夢の続きのように冴えない頭を必死に働かせて状況を把握する。


そうだ、東城の手下どもに派手にやられたんだった。調子に乗ってエスカレートしてきた暴力に気を失って倒れたのだ。


「なんで抵抗しないの。あれくらい余裕でしょ」


しゃがんで私を見下ろす雲雀の顔があまりにも怪訝そうで、思わず笑ってしまった。


「暗殺じゃないとダメなの。大人の世界は面倒くさいのよ」


雲雀は呆れた顔でぐったりした私の体を横抱きにし応接間へと私をはこんだ。なんだかんだ文句を言いつつも助けてくれる雲雀は優しいと思う。雲雀はソファーに私をゆっくりと寝かせてだらりと垂れた腕を割れ物を触るようにそっと持ち上げ怪我をの様子を見た。それから流れるように私のシャツのボタンを外してゆく。あまりにも当然というような顔をしていたから、雲雀の可笑しな行動に抵抗するのも忘れてしまった。


「…え?いや、えっ…!?」


漸くおかしいと気付いたのはシャツのボタンが全開でブラ一枚になっていた。観察するように私のお腹や鎖骨周りの傷を見て、そっと撫でるように触っていく。少しの羞恥心とくすぐったさで私は身体をよがらせた。


それに気付いた雲雀はにやりと笑って、お腹の青く痣になった部分を親指でなぞるようにじんわりと押さえた。


「僕は手当てするために怪我を見てるだけなんだけど。何考えてるの君」


雲雀に押さえられた痣がずきりと重たく痛む。悪気があるのかないのか解らないけれど、保健室へ行くのを拒んだ私が悪いから文句も言えない。


「すぐ終わるから、待ってて」


押さえていた痣を優しく撫でると雲雀は埃を被った救急箱を取って戻ってきた。初めて使用された救急箱は未開封の消毒液や包帯が詰め込まれている。私がいなければ永遠に日の目を見ることは無かったに違いない。慣れない手つきで消毒したり湿布を貼って、最後にくしゃりと私の髪を撫でると、終わったよと私に声をかけた。


お礼を言って、私はいつの間にか脱がされていたシャツを拾い上げ片腕を通した。






コンコン…



応接間の扉を叩く音が不意に聞こえた。私と雲雀は同時に扉の方へ目を向けた。慌ててシャツを着ようとするが、ドアは開き一人の女が飛び込んできた。


「雲雀さぁん!会いたくて美香来ちゃいました!」


現れたのは東城美香だった。
応接間で3人が立ちすくむ。
東城美香も私も驚いて目を丸くしている。
沈黙を破ったのは雲雀だった。


「東城美香、部屋へ入っていいなんて言ってないけど」


雲雀の言葉も聞こえていないと言ったように東城は私を睨み付けている。私は下着一枚、応接間は私と雲雀と二人きりだった、東城が何を思ったのか考えるのは容易い。


「なんであんたが…」


底から捻り出したような恨めしげな声でそう呟くと足早に去っていった。雲雀は小さく溜め息をついたが、私は小さく笑った。これはチャンスだ、彼女の自尊心は傷つけられ、彼女が怒りに身を任せるほど隙ができる。










私の予想は的中した。
次の日私は東城に呼び出されたトイレでナイフを首筋に当てがわれ壁に押さえつけられて脅された。
東城は一人だった。
自分が落とせなかった雲雀を自分より下の人間が落とした、そう思い込んだ東城は自分が優位に立っているという事実を私に確認させるために私を痛め付けに来たのだ。
護衛をつけるのも忘れて。


「この売女…どうやって雲雀さんに漬け込んだのよ!地味でブスな一般人の癖に…私の邪魔しないでくれる!?」


私は東城を蔑むように笑って見せると、容易にその挑発に乗って東城は怒りを爆発させた。


「あんたに負けるなんてあり得ない!あんたは私の任務の邪魔よ…殺してあげるわ、そうね私が今殺せば風紀委員が気づくかも…だから私のバックにいる人間に殺させるわ」


東城は自身が裏社会の人間であることをほのめかした。トイレには私達以外の人の気配はない。私は静かに腰に隠してあるナイフに手を伸ばす。


「惨めな死に方がいいわ…そうだ、人体実験のモルモットにしてあげる。今被検体を探してるらしいから、私の信頼も上がるし一石二鳥ね」


人体実験という単語に引っ掛かってナイフに伸ばした手を止めた。バックについているファミリーは生物兵器でも作ろうとしているのだろうか。


「私に楯突いたのが運の尽きよ…私は殺し屋、バックにはエストラーネオがついてる。私はあんたみたいな虫けらとは格が違うの」


東城は私からナイフを離した。
数日中に私を捕まえに「エストラーネオ」が来るという。東城は高笑いして消えた。私はもう少し東城を泳がせることに決めた。


エストラーネオ…
聞いたことがある。
10年くらい前に壊滅したマフィア。
生物兵器や特殊弾を開発する禁忌を犯した。


なんだかまた、頭がぼんやりする。










ヴァリアーには報告のメールを送ってエストラーネオについての情報を請求した。最近はメールで全て済ませている。












教室へ行くと全員が私を見た。女子は青ざめて、男子は私を睨み付ける。東城はなぜか泣いている。私が東城に殺しをさせようとした噂はクラスにも広まっていた。中でも一段と東城信者の男子達が中心となり私をリンチした。東城は近くにいた沢田に泣きつく。しかし沢田は上手くかわして、怒る獄寺と山本を宥めた。沢田が男子達を止めようとするも誰も聞かない。超直感で解るのかも、でも立場が弱くて意見できないのだろう。


沢田、獄寺、山本の三人は保留。
雲雀みたく一発合格とは言えないかな。


そんなことを考えている間にリンチはエスカレートしていった。暴力の手が止まったかと思えば、一人の男子が耳元に顔を近づけた。


「お前、雲雀に股開いたんだってなぁ?俺達にも頼むぜ?」


男達はニヤニヤしながら私を仰向けに押さえつけて私の足首を掴んで股を開かせる。シャツを無理矢理脱がされて下着があらわになる。流石の私もこれには我慢ならなかった。今までにない怒りが沸々と込み上げてける。理性が怒りを制して、ただ逃げろと私に命令した。


「雲雀も女に入れ込むとか、風紀委員も大したことないんじゃね?」


「お前いろんな男に身体売ってんだろ」

「女好きの保険医とはもうヤったのかぁ?」

「あの変態ロリコン、シャマルだっけ?あのグズ野郎にはお似合いだな」


私の上にのしかかかってきた男を蹴り飛ばしたら教室の端まで飛んでった。私の怒りは爆発し理性はどこかへ隠れてしまった。

頭がぼんやりしてきた。
何も考えられないけれど、強い怒りだけが私を動かした。

全員が呆然と私を見つめた。
何が起こったのか理解できないらしい。
私は立ち上がると手近にいた男の髪の毛を掴みガラスへ頭を思い切りぶつけてやった。ガラスは割れて男は血だらけになって気を失う。私はそれに満足して次の標的に目を向ける。回し蹴りをして顔面を踏みつける。逃げようとした男には近くにあった机を蹴り飛ばしてぶつけたら動かなくなった。リーダー格の男は腰を抜かして後退りしていたから。男の溝落ちを足で踏み潰してやる。蛙みたいな声がした。馬乗りになって顔面の形が変わるまで殴り続ける。男の意識はもうない、私は不意に腰に隠したナイフを思い出して手を伸ばす。





ガラリと教室のドアが開いた。
シャマルが立っていた。
眉間にシワを寄せて私を見つけると、ズカズカと足早に私へと向かってくる。
私は気にせずナイフに手をかけた。
ホルダーを外したところで、私の首に大きな痛みが走った。シャマルの腕の中に落ちる。シャマルが私の顔を覗きこんでいる。視界一杯に広がるシャマルを惜しみつつ私は意識を手放した。



 
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