□標的4 赤と紅
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「こうして再び話す事があるとは思わなかったな、時雨」



広い室内に低く落ち着いた、しかし威厳を放った声が響いた。古城を改修した邸内は家具や装飾品1つとっても荘厳な雰囲気が漂っているが、この邸内の最も奥にある執務室は一人の男の放つ空気によって他と比にならない厳かで張り詰めた雰囲気である。



ザンザスは中央にある重厚な木製のデスクの前にある椅子に腰掛けてデスクに脚を乗せた状態で、デスクの向こう側に立つ時雨に話し掛けた。普段は気だるそうに目を閉じているザンザスだが、今はうっすらと笑みを浮かべて時雨を見据えている。時雨はというとこちらも僅かに口角を上げて嬉しそうに微笑んだ。



「あなたが復活したと聞いてすっ飛んできました、XANXUS様」



ザンザスは肘をついて頭を支えた状態で改めて時雨を眺めた。懐かしむような、ザンザスらしくない素振りを見せる。来い、と短く言葉を発して時雨を自分のもとへ近付くように指示した。時雨は言われたとおりザンザスの椅子のすぐ横まで近付いて屈んだ。



「目を見せろ」


そう言うとザンザスは片手を時雨の頭に添えて自ら時雨のマスクをゆっくりと壊れ物を扱うかのように丁寧に外した。

顕になった時雨の紅い瞳を眩しそうに眺め、添えたままの片手の親指で頬をゆっくり撫でた。


「変わらねぇな、安心した」


時雨も少し照れながら子供のように嬉しそうに笑った。












バンッ!!!


「うぉぉぉぉい!ボォォォォス!
面倒くせぇ事になって…………時雨?」


突然ドアを蹴破る音が響いたかと思えばスクアーロが入ってきて何やら怒鳴り出した。スクアーロもすぐに時雨が居ることに気が付いたが状況が読めない。読める筈がない。互を愛おしそうに見つめる男女、傍から見れば恋人のように。だが、これはXANXUSとチェルベッロ。XANXUSが一人の女を愛すなんて、日が西から東へ登ろうと、ない。一晩限りの付き合いで女を変えてゆく男だ。プライベートに深入りはしたく無いが、スクアーロは聞かずにはいられなかった。



「うぉぉぉぉい!お前らそういう仲ぐはっ…!」



スクアーロが叫んだと同時にザンザスはデスクに置いてあったウィスキーのボトルをスクアーロの顔面に投げつけた。



「テメェ…入るときはノックしろと言ってるだろ、カスが」



ザンザスはゴミでも見るかのようにスクアーロを見た。機嫌はすこぶる悪い、流石のスクアーロもウィスキーを滴らせながら顔を引きつらせたが、ここで引き下がるものかと半ばやけになってもう一度尋ねた。



「うぉぉぉぉい、ボスさんよお、…時雨はお前の女かぁ」


「違ぇ、カス」


スクアーロに嫌な考えが過ぎる。一時の性欲の処理のためにたまたまいた時雨が目を付けられたのか…。どごぞの娼婦やメイドなら今迄もある事だったからスクアーロは何とも思わなかった。しかし時雨ともなると何とも言えない嫌な気分だ。


そんなスクアーロの苦い表情を見たザンザスはスクアーロが何を考えているのか察した様にニヤリと薄く笑った。


「なんだカス鮫、何か言いたそうだなぁ?」


ザンザスは時雨の腰に手を回してわざとらしく自分の方へ強引に引き寄せて見せた。さらにその手は滑らかな時雨のくびれた曲線をなぞる様にゆっくりと艶かしく移動させている。



案の定、まんまとザンザスの挑発に踊らされたスクアーロは頭が真っ白になった。だが辞めろと言って辞めるザンザスではない。


「うぉぉぉぉい、ボス」


先程とは打って変わった弱々しい声でスクアーロはザンザスに声をかけた。感情が面白いほど外に出るタイプなのだろう、見ていて可哀想になるほど分かり易い。


「あまり手荒に扱わないでやってくれ…それだけだぁ」


枯れていくように弱っていくスクアーロは見ていて可笑しい。なるほど、ザンザスもからかいたくなるわけだ。時雨もザンザスも内面、笑いを堪えるのに必死だった。


まがいなりにも自分を心配してくれているのだからこれ以上はそろそろ可哀想だと、時雨はザンザスに目配せすると、ザンザスは少し物足りなさそうな様子で時雨から手を離した。


「冗談だカス」


「…は?」


どこから、なにが状況がなのか。ザンザスが冗談なんて言ったことがないので思考が追いつかない。なんて面白くない冗談だろう。


お前が考えている様なコトはしねぇよ、安心しろとスクアーロに言った。怒りと恥ずかしさで真っ赤になったスクアーロもいとをかし。




「XANXUS様は私の恩人なんです」


説明を始めたのは時雨だった。まだ可笑しさが消えないと言った様子で笑っている。


「恩人?笑わせるな、ただの客だ。売り手と買い手の関係、それ以上でも以下でもねぇ」


ザンザスはハッと笑って時雨の言葉を一蹴した。スクアーロには訳がわからない。


「XANXUS様に初めて会ったのは私が13歳のとき、私が生きるために娼婦として自分を売っていた時でした」


時雨が13歳と言うとその時ザンザスは16歳。ゆりかご直前くらいだろうか、13歳という齢で身体を売っていた時雨に同情しないでもないが、それ以上にその年で女遊びをしていたザンザス、しかもロリコン疑惑まで浮上したザンザスに少し引いたスクアーロだった。


スクアーロの考えている事を察した様に、すかさず飲みかけのウィスキーの入ったグラスを投げつけた。衝撃にふらつきながら割れたガラスを払うスクアーロ。


急に無言でグラスを投げつけたザンザスと反論もしないスクアーロに状態が良く分からない時雨だった。言葉に出さずともこのふたりは会話が出来るのだろうか。


執務室の中は床や壁に飛び散り滴るウィスキーの香りが充満している。強い酒の香りに酔って目眩がする。あの日もこんな風にアルコールの香りが漂っていた。
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