脳
□標的2 ゴルゴンの瞳
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庭の銀杏の葉も先日の嵐がほとんど落としてしまい、一層秋は深まった。
監査官の女が来て2週間が経つ。
今日はヴァリアーには任務は入っておらず全員が非番であった。ルッスーリアはレースの装飾がこれでもかというほど施されたファンシーなエプロン姿でキッチンに立ち意気揚々と朝食の支度をしている。スコーンを焼く甘い香りとアールグレイの香りがふわりと漂ってくる。
ベルフェゴールはまだ自室で寝ている。彼は朝方苦手なようだ、休日は大抵昼頃まで部屋から出てこない。
スペルビ・スクアーロはダイニングの椅子に腰掛けて新聞を読んでいる。こうしてみればとても暗殺集団には見えない平和な日常風景だった。
かくいう私は部屋の隅に立って幹部達の様子を観察し監査官の任務を遂行している。平和な事はいいことだ。しかし、見てる方は辛い、とても暇なのだ。昨日だって明け方まで仕事をして、幹部の起床時間にはまた仕事、数時間の睡眠しか取れていないものだから凄まじい睡魔が私を襲った。私も人間、機械のように無休じゃ働けないのよ。
いけないと思いつつも立ったままウトウトと寝かけては自分と格闘をしていた。
「うぉぉぉい!ふらふらしてんぞぉ監査官!」
スクアーロの声で目が覚める。気付くと近くまでルッスーリアが来ていて心配そうに私の顔を覗き込んでいた。こんなに至近距離で気づかないとは迂闊だった。
「時雨ちゃん働き詰めで疲れてるんでしょ、朝食作ったから一緒に食べましょう?」
「いえ、結構です」
何度か、いや毎度食事を用意して貰っているが一度も口にはしていない。ルッスーリアが薬を盛るなんてことは有り得ないだろうが念には念をだ。こんなに悲しそうな顔をされると流石に心も痛むが。
グルルルル…
断ったと同時に私のお腹が盛大に悲鳴をあげた。お腹は正直だ、なんせ一昨日の夜サプリメントを飲んで以来何も口にしていないのだから。
「意地張ってねぇで食っとけぇ"!入ってもねぇ毒を気にしてテキトーに監査を続けられたらこっちも迷惑だぁ"!」
確かにこの男の言う通りだ。九代目の命をなおざりにこなすくらいなら私が毒に当たり死んだ方がましだろう。
「…任務と私の命を比較検討しこの監査任務がより重要性が高いと判断致しました為、朝食いただきます」
「うぉぉぉい!どう解釈したらそんな結果になんだぁ!!」
「朝食一つに命をかけるなんて…プロね…!」
人が作った手料理というものを食べるのは初めてだった。普段は食事を摂ることも面倒でサプリメントやせいぜいファストフードくらいしか口にしない。
スクアーロの横に座らされ、ルッスーリアは首尾よく三人分の朝食を用意した。トロトロのスクランブルエッグとカリカリのベーコン、サラダにスコーン、アールグレイ。ほのかに香る甘い香りは私の食欲を更に引き立てた。
「さぁ召し上がれ♪」
時雨はスコーンを半分に割って恐る恐る一口かじった。数秒間無言で咀嚼する時雨をルッスーリアはニコニコしながら眺めている。スクアーロも新聞を広げて読む振りをしつつ横目で時雨の様子を伺っていた。
「………美味しい…」
ぼそっと呟いたかと思うとナイフとフォークを掴み一心不乱に残りの食事を食べだした。その様子に安心したようにルッスーリアも食事を始め、スクアーロも僅かに笑みを浮かべて新聞へと目を戻した。
「いいわぁこういうの!娘が出来たみたいで嬉しいわ♪ねっお兄ちゃん?」
「誰がお兄ちゃんだオカマぁ!!」
「ふっ…」
「!…笑った?笑ったわね時雨ちゃん!?」
「お前笑ったりできるのかぁ"!!」
「笑ってません」
自分が笑えた事に驚いた。
なんだか今日はおかしい。
美味しいとか楽しいとか、こんな感情が自分にあるなんて知らなかった。
それもこれも全ては疲れているせいだろう、そうに違いない。