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女には困った事がない。
裏社会で出会うご令嬢やらは向こうから俺に近づいてくる。
美しい女達は華美なドレスを身に纏い派手なアクセサリーや化粧で飾り立てていた。俺はそういう女が嫌いじゃなかった。だが全員同じに見える。所詮は一夜限りの身体だけの関係でそれ以上求める必要はなかった。
菊を見たのは3ヶ月ほど前にボンゴレ本部の廊下を歩いていた時だった。背が小さくてアジア系の黒髪の女だった。裏社会の自己主張の激しい女たちとは違う地味で大人しそうな女は俺の目を引いた。俺があまりにも凝視していたから女は困ったように微笑んで軽く会釈すると小走りで書類を抱え去っていった。単純だと思うが俺はあの女に一目惚れした。
それ以来本部に用があったときは、女が仕事をしている部署の前を通るようになった。たまに運良く廊下ですれ違うも話し掛ける切っ掛けが見つからず指をくわえて見ているだけの自分にはあきれた。だからあの日菊が乗っている車が襲撃にあっていると言う連絡を受け俺は喜んだ。ちょうど本部で用を済ませヴァリアーの本部に向かう途中だったから現場にはすぐに駆け付けることができた。予想以上の敵の数で菊は窮地に立たされていた。あと一歩遅かったら菊は死んでいたかもしれない。
敵を一掃して菊の安否を確認した。怯えているかと思いきや案外けろっとした表情で拍子抜けしたが、とにかく菊と接点ができた事で俺は舞い上がっていた。
その日以来ボンゴレ本部に訪れた際には必ず菊に会いにいった。何を話したらいいかとかどうやって食事に誘ったらいいかとか、そういう知識を俺は持っていなかったからかなり苦労した。剣帝とは思えぬ女々しさだなと思いながらも漸く食事に漕ぎ着けた。
日はすっかり落ちて秋特有の肌寒い風が吹いている。ボンゴレの正門付近に車を止めて門まで菊を迎えにいった。壁にもたれ掛かり、やり場に困った手をポケットに突っ込んでぼんやり空を眺めた。俺は僅かに緊張しているのかもしれない。
少しして菊が小走りでやって来た。いつものスーツ姿から着替えたのか白地に淡い水色のボーダーの入ったワンピースに紺色のカーディガンを羽織っている。
「すみません、お待たせしてしまって…」
申し訳なさそうに顔を覗きこむ菊に見とれた。
「あの、どうかしましたか…?」
俺が何も言わなかったからか不安そうに菊が聞いた。
「いや、何でもねぇ!行くかぁ」
「はい!」
にっこり微笑んだ菊につられて柄にもなく自分も笑みがこぼれた。俺は完全にこの女に惚れ込んでしまったらしい。
目的地のレストランへと車を走らせた。どんなレストランをチョイスすべきか検討もつかなくてほんの少し、それとなくルッスーリアに相談した末教えられたレストランだ。
街の外れの老舗の高級レストラン。元帝国ホテルのシェフがオーナーで、味も雰囲気も最高の知る人ぞ知るフレンチの店だとルッスーリアが言っていた。
店内はアンティーク調で静かな雰囲気が漂っている。ワインのボトルとコース料理を適当に注文した。菊は緊張したように畏まって周りを見回している様子が可愛らしい。
「私、こんな高そうなお店初めてで…スクアーロさんに連れてきて貰わなかったら一生入れなかったわ」
嬉しそうな菊の様子に初めてルッスーリアに感謝した。他の女とは違う、純粋で清楚な雰囲気が新鮮だった。
「おっ!スクアーロマジではっけーん!しししっ」
「ハァーイ!スクちゃん!よろしくやってるかしらん?」
突如聞こえた見知った声に恐る恐る振り返った。入り口からドヤドヤと入ってくる集団を見て悪夢かと思った。ベルフェゴール、ルッスーリア、マーモンにレヴィ…ボスがいないだけマシだ。
「テメーら…なぜここにいやがる」
菊をびっくりさせないように大声は出さないよい気を付けたが、低く威嚇するような声色は抑えられなかった。
「スクちゃんが私にいいレストラン知らないかって聞いたんじゃない!んもぅ!女の子と行くなんてバレバレよ!」
「しししっ、スク先輩が女に本気って聞いたからさ、見ないわけにはいかねーじゃん?」
「僕はスクアーロが鼻の下伸ばした写真でもとって弱みを握っておこうかと思ってね」
「俺はその写真をボスに見せてお前の評価を下げようと思ってここへ来たのだ」
菊がいなければここで剣を抜いて全員血祭りに上げていたことだろう。怒りを抑えて幹部ら無視し店を代えようと提案し菊に席を立たせた。
「あらぁ!可愛い娘じゃな〜い!」
「あれ、スク先輩女の趣味変わった?いつもの派手な女と全然違ぇじゃん」
俺から菊に標的が移り、困惑する菊を奴等から背で隠した。
「スクアーロが本気っつーからどんな美女かと思ったら結構地味だな」
「その慎ましさがまたいい…」
「それ以上喋るなぁ…」
全力で睨み付け菊を守るようにしながら出口へ向かった。ここでも怯えているかと思いきや、このやり取りを楽しんでいるように微笑んでいる。
「ちょっと待ってスクアーロ、その女… 」
黙っていたマーモンが口を開き、考えるようにしてフワフワと菊の前まで飛んできた。
「君、どっかで見たよ…確か…」
菊はゆっくりとした手つきでマーモンの口に人差し指を当て微笑んだ。マーモンも押し黙ってそれ以上は言わずに菊から離れた。
「まぁいいけど。でも、気を付けた方がいいよスクアーロ」
何のことか解らなかったが、先決はここを出ることだったから気に留めなかった。俺が店を出ようとした時最後にルッスーリアが叫んだ。
「そうだスクちゃん!攻めるなら今日よ!あなた明日からジャポーネで長期任務だから!」
「…え"?」
「あらぁ、やっぱり知らなかったのねぇ。スクちゃんが出てってから連絡があったのよ」
「もしかして10代目ファミリーの強化任務ですか?」
菊が初めて口を開いた。その事に嬉しそうにルッスーリアが反応してそうだと答えた。
「…私もその任務参加しますよ」
少し困ったような表情で頬をかく菊を全員が驚いた表情で見つめた。
事務官が10代目の強化任務につくなんて変だとは思ったが、それ以上にさっきまでの苛立ちが嘘のように消えて菊と任務を共にできる事に嬉々とした。