□標的2 ゴルゴンの瞳
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穏やかな昼下がり、この明るい時間帯は普段は暗殺部隊の活動は停止している。しかし異例にも今、ベルフェゴールは廊下の角の壁に隠れて息を殺し曲がった先の廊下を歩くターゲットの様子を伺っていた。



「こちら『天才王子』、ターゲットは今ダイニングを出て右へ曲がったぜ、どーぞ」


ベルフェゴールは耳に取り付けたイヤホンと一体化したマイクに向かって小声で通信をとった。


「こちら『最強術士』、了解だよ。そのまま後を追って、どーぞ」


マイクから聞こえた声はマーモンだ。傍受対策としてのコードネームは何の意味も持っていない。ベルフェゴールはターゲット、時雨の姿が見えなくなるとそっと後を追った。こんな状況になっている原因は二時間前に遡る。















二時間前、幻術の研究をしていたマーモンの部屋の扉を破って入って来たのはベルフェゴールだった。よくある事なので然程気にもとめない。扉の修理費はベルの給料から天引きするようボスに言っておこうと冷静に考えていた。


「珍しく早いじゃないかベル。朝に君の顔を見たのは久々だな」

「しししっ遊ぼーぜマーモン、面白い事考えた♪」


嫌だよと即答し追い出そうとするが出ていく気配はない。こういう時のベルフェゴールは引きが悪いのだ。マーモンは少し考えてからいくら出す?と言った。


「ししし誰が金出すかよベイビー、時雨が明け方帰って来てさっきふらふらしながら部屋から出てきたぜ、今なら警戒も薄い」


「へぇ、彼女夜中に出かけてたのか、僕には関係ないけどね」


「時雨のマスクどっちが先に取れるか勝負しようぜ」


「興味無いね」


「しししっ俺に敗けるの怖いんだろ」


「僕が負けるとか有り得ないから。格の違いを見せてあげるよ。」



チョロいぜベイビーと心の中で呟いてベルフェゴールはニヤリと笑った。マーモンの提案で成功率を上げるには単独で交互で何度も行っては警戒心を高めてしまうため、協力して数回に機会を絞ることになった。


そして今に至る。





ターゲットもとい時雨は自室にパソコンを取りに行き談話室へ向かった。談話室には朝食を済ませたスクアーロとルッスーリアがいる。時雨はソファに腰掛けテーブルに置いたノートパソコンを広げて何やら仕事に勤しんでいる。隣にはルッスーリア、向かいにはスクアーロが溜息をついて時雨を見ていた。



「えー、こちら天才王子。…これ俺達隠れて見てる意味なくね?どーぞ」


「こちら最強術師だよ。僕達は自室にいると思わせておいた方が動きやすいだろ。このまま様子を見よう、どーぞ」


ベルフェゴールは部屋の扉の隙間から、マーモンは窓の外から中を気配を消して覗き込んだ。



「う"ぉぉぉい!お前さっき俺の話聞いてなかったのかあ"!?」


「朝食は食べました」


「集中力無ぇ状態で監査すんなって方だあ!!仕事すんな!休めぇ"!!」


「食事を摂った事により十分に回復致しました。仕事に支障はありません」


「大人しくスクアーロの言う事聞きなさいな時雨ちゃん、スクちゃんこう見えて貴方のこと心配してるのよ?」


「誰が心配するかぁ"!ヴァリアーに迷惑かけられたら困るのは俺だからだぁ!!」


「ではこの仕事を片付けたら休みます」


「勝手にしろぉ"監査官!」



スクアーロは勢いよく扉を開けて談話室から出ていった。外開きの扉だったためベルフェゴールは顔面を思いっきりぶつけたが扉の影に隠れたのでスクアーロにも見つかっていない。


「ししし…アイツ後でぜってー殺すしスクアーロ」





時雨はスクアーロを気にもせずひたすらパソコンと格闘していた。実際に時雨自身でも意識が飛びそうになるほど疲れていたのだが、この仕事は確かに早急に仕上げねばならなかった。先のスクアーロ単独任務の情報操作の件だ。徹底的に調べ上げたが、外部からのハッキングもなく情報が漏洩した可能性はない。誤った情報を仕入れてしまった可能性も低い、チェルヴェッロ機関の存在を知る者は極わずかだからだ。ボンゴレと繋がっているなどとは外部の人間が知る訳もない。


時雨は事件以来寝る間も惜しみ捜査をするが解決の糸口は見つからない。時雨自身もほとほと参っていた。


だがそんな折、つい昨日の事だ。チェルヴェッロ機関の仕入れた小さな情報、『11月12日午後9時よりヴィクターファミリー主催のパーティー、グリッチホテルにて』。この簡略化されたメモを暗号化しパソコンに入れた。時雨の記憶では確かにその内容であった。しかし、今朝そのメモを確認すると、『11月12日午後10時よりヴィクターファミリー主催のパーティー、ブリンジストンホテルにて』と書かれている。暗号は時雨にしか解らないので他人の手による仕業ではない、セキュリティーも万全だ。それでも事実、残されたメモと記憶が一致しない。



この謎は必ずあの事件と繋がっているはずだ。そう考えると時雨は休んではいられなかった。



時雨は疲労で少ない集中力を極限までPCとの格闘に向けていた。ルッスーリアも部屋から出て行き部屋には時雨1人。



「こちら天才王子、今ならいける、どーぞ」

「こちら最強術師、行くよ、3、2、1、今だよ!」



突然扉から無数のナイフが時雨に襲いかかった。一瞬反応が遅れたが、間一髪で全て交わす。だがそちらに気を取られた時雨は床から生える植物のツルに足を絡め取られた。マーモンの幻覚だと気付くのに1秒、身動きが取れなくなった時雨にベルフェゴールがワイヤーでナイフを操り攻撃を仕掛ける。既に時雨はダガーを手に応戦していたがそこへマーモンがマスクを狙いにやってきた。時雨は両手が塞がっているためマーモンに抵抗する術がない。


「ししっ、行っけぇぇぇマーモン!」


「マスクは貰ったよ!」


「…あっ」


マスクを取る前に時雨の顔が青ざめたのがわかった。時雨の目線の先はマーモンの後ろの床。マーモンもベルも動きを止めて時雨の視線の先に目を遣ると、時雨のパソコンにはベルが投げたナイフがいくつも刺さり無惨な姿になり果てていた。原型を留めていない、修復は不可能であることが容易にわかる。



「……………っ」



時雨は声も出さず口を開けたまま固まっていた。何が起こったか理解出来ていないと言った様子で。これにはマーモンもベルフェゴールも不味い事をしたと瞬時に感じた。ドッジボールで間違って女子に当ててしまった男子の気持ちに等しい。時雨はいつも通り無表情なのに悲壮感が漂っているのが空気で伝わってくる。


「お、王子のせいじゃねーから!王子は何しても許されるし」


「むっ、元はと言えば君がこんな事やろうなんて言ったのが悪いのさ」


「ししし、責任転嫁は良くないぜベイビー」


「やるのかいベル、いつでも来なよ」


時雨もそっちのけで何時の間にか責任の押し付け合いで喧嘩が始まりそうな時、スースーという規則正しい寝息が聞こえてくる。後ろを振り返れば先程のソファーに時雨が壊れたパソコンもそのままに横になって丸まり眠っていた。


「しししっふて寝してやんの」


「疲れもピークだったんだろうね、チャンスじゃないか。とっとと時雨の素顔見て、新しいパソコン買って返せば万事解決さ」


時雨のマスクにベルがそっと手を伸ばす。起こさないようにゆっくりと静かに。ベルとマーモンに緊張が走る。ベルの指先がちょんと時雨の肌に付くと時雨は、ンッと小さく声を出して身体を丸めた。瞬時にベルは手を引っ込めて固まった。


「寝てても警戒心は強そうだね」


「…一気に取って怒る前に退散ってのは?」

「それしかないね」


ベルがもう一度時雨に手を伸ばした。あと1センチ。次こそ時雨は怒るだろうか。能面のような無表情以外の顔が見えるだろうか。



「うぉぉぉぉい、ベル、マーモン、何してる」


談話室に入って来たのはスクアーロだった。珍しく静かだったスクアーロも散らばったナイフ、無惨なパソコンに眠っている時雨を見て状況を把握したらしく表情が険しくなっていく。


「コイツがやっと寝たんだぁ"…邪魔すんじゃねぇ」


スクアーロは時雨を起こさないよう静かに、しかし威圧的に低い声で2人を叱責して目を細めて睨んだ。ベルが言い返そうと口を開いたが、罪悪感も多少なりともあったのか、マーモンがベルをとめ、服の端を引っ張って部屋からベルと共に出て行った。


「なんだよカス鮫ばっか…」


部屋から出て行くときにベルがポツリと呟いたのをスクアーロは聞いた。入れ代わりで部屋には紅茶を持ったルッスーリアが入って来た。


「あらあら、…ええっと、うんうん、…解ったわ!」


「うぉぉぉい…すげーなお前」


「ベルちゃんとマーモンちゃんが悪ふざけして時雨ちゃんのパソコン壊して時雨ちゃんは不貞寝。さらに悪戯しようとしたところをスクちゃんに怒られてベルちゃんは拗ねて出てっちゃったってところね」


「そんなとこだぁ…」


「きっと最後の言動からスクちゃんに嫉妬してるのね!時雨ちゃんとスクちゃんが仲良さげだからベルちゃんも構ってほしいのよ〜!」


「誰と誰が仲いいだぁ!?」


「大きい声出したら起きちゃうわよ〜♪」

「う"っ…」

しまったとばかりに後ろを振り返って時雨を確認するがすやすやと気持ち良さそうに眠っている。胸を撫で下ろしてもう一度まじまじと時雨を見た。過労とは言えこんなに警戒心の強い女が人前で寝るなんて、少しは信用し始めているのだろうか。いや、それはただの願望か。


「風邪を惹かれても困る。不本意だがベッドまで運んでやる」


「んもぅ!素直じゃないんだから〜♪」


「…卸すぞカマ野郎」


時雨の腕を自身の首に回させ、時雨の脇の下と膝の下に腕を通し持ち上げる。流石に起きると思ったが、少し唸っただけで起きる気配はなかった。




振動が時雨に伝わらない様にスクアーロはゆっくりと廊下を歩いた。コツリ、コツリと規則正しく静かに足音が響いている。



「こうしていればお前も普通の女なのになぁ…」


「ふふ…」


夢を見ているのだろうか、口元しか見えないが時雨は楽しそうに笑っていた。



この女は生まれも育ちも良好な環境ではなかったのだろう。そして、現在も。女の閉ざされた心を見れば容易に想像がつく。
せめて夢の中くらいでは好きに生きて笑えばいい。女の夢が幸せな物である様にと、時雨の寝顔を見ていたスクアーロは柄にも無くそう思った。
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