短編

□わがまま彼氏
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また今日もオレは現実を受け止められなかった。
恵がこんな状態になって何日たつのだろう……
恵のそばに来ればいつまで経っても頬を伝う雫は消えない。

まだ思ってしまうんだよ……
明日はきっと何事もなかったかのように恵からのモーニングコールがかかってきて他愛のない話をして
「からかわないでよ」
と少し不機嫌そうに言う
そんな日々が戻ってくるんじゃないかって

でも現実は無情で……残酷で。恵は目の前のベッドで
覚めることない眠りについている

「俺さ……わざわざ有給……とってきたんだぜ?

――だから寝てないで俺の方見てよ。無視しないで……返事っ……しろよ!!」

俺のかける嗚咽混じりの言葉も虚しく酸素マスクをつけたまま穏やかな顔で眠っている恵

医者は脳死と言った。
君は優しいね……ドナー登録してたんだ……
でもごめん、そんなことはさせないよ。
だって……まだ諦められない信じられない
君は息をしている
たまに君の指がピクっと痙攣することもある
君は生きてる。
それだけが今の俺に与えられた僅かな光

……そうだ。俺はこうやって優しい彼女に我が儘ばかりだった
その天罰なのかもしれない
朝本当は自分で起きられるのに君の声が聞きたくてモーニングコールを頼んだり、誕生日は一緒にいたいと言って恵に仕事を休んでもらったり。
恵はそんな我が儘に対していつも文句一つ言わず付き合ってくれた

俺はというと彼女の小さな我が儘さえ聞いてやれなかった
デートの約束をしていたのに行けなかったあの日、おれ仕事が入ってドタキャンしたよね
遊園地に行くやくそくしてたのにね
「会いたい」
そう言われたあの日だって
俺はどうしても仕事が忙しくて
「ごめん」
そう言うことしか出来なかった
今思えば時間なんかどうにでも作れたはずだった
疲れや忙しさを言い訳にしただけなんだ……
君はあの時電話で「仕方ないよ、こっちこそごめんね」
笑いながらそう言ったけどどんな顔をしてたんだろうか
あの時俺が会いに行っていれば今とは違う未来がここにあったのかな
「恵、起きて……どんな我が儘でも聞くから……」
彼女への囁かな最後の俺の我が儘は
もう二度と届くことはない

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