長 闇金

□(1)身代わりくん
1ページ/5ページ



「愛原さーん、いますかー!」

ドンドンと大きな音を立ててこの小さなボロアパートの扉が揺れる。
いつ建てられたかも知れない建物の壁は黒くカビが生え、庭と呼べるのか疑問だが敷地部分には雑草が生い茂っている。
このアパートはここからそう遠くはない風俗店の寮のようなもので、そこで働いている女たちが主に住んでいる。
もう昼だというのに部屋の住人が起きてくる気配はない。
扉を叩いていたプリン頭の男――高田ははぁ、と一息つくとどうしたものかと考え込んでしまった。
昨日電話した時にはしっかりと対応したのだ。愛原も今日が回収日だということは十分承知だろう。
高田は背も高く細身で、顔も悪くない。いや、むしろイケメンという部類に属するのだろう。
元ホストということもあり女(主に風俗嬢など)の債務者はほとんどが高田が担当している。

「いねーのか」
「はい。 どうします社長、大家に鍵を…」
「チッ」

社長と呼ばれた男は今までの高田の様子を何も言わずじっと腕を組んで伺っていたが
数十分と繰り返された行為にいい加減嫌気が差したのか扉まで近寄ってきた。
すると高田がこの部屋の鍵を借りるべく大家のもとへ向かおうとした矢先、社長――丑嶋馨は扉を蹴り破った。
少々驚きを隠せない高田を気にもせず丑嶋はずかずかと土足で玄関から侵入する。

(機嫌悪いな…)

ここにくる数時間前に高田と丑嶋は金主(融資するための金の元金を丑嶋へ貸し付けている者)のもとへ行っていた。
彼の機嫌が悪いのは大方その金主が原因だろう。
本日何回目かわからないため息を吐くと高田も丑嶋に続いて部屋へ上がった。



***



うわぁ…なんというか、これは…。
部屋に漂った悪臭に、堪らず俺は鼻をつまんだ。
いつも店か玄関先で利息の回収をしていたから今回初めて部屋へ足を踏み入れたが、これはひどい。
ひどいの一言に尽きる。
ゴミ袋が散乱し、いくつかの封がなされていないものからは
コンビニ弁当やらカップラーメンのゴミが飛び出している始末。
奥へと進むにつれ臭いはだんだんと薄れていく。
…しかし、当の愛原の姿は見えない。
この後に及んで夜逃げでもされていたなら俺は社長からいくつの拳を食らわされるのだろう…。
はぁ、と再びため息を吐いたとき、小さく物音が聞こえた。



***



「社長!丑嶋社長!」

別の部屋を捜索していた丑嶋を高田が呼ぶ。
なにか手がかりを見つけたのかと、その声を頼りに行ってみると…。

「高田、何コレ」
「い、いや俺にもさっぱり…」

衣類で畳が見えないほど散らかった和室に、愛原とは別の女が両手両足を縛られ無造作に転がされている。

「寝てるんスかね」
「そういう問題じゃないでしょ」

はて、誰も状況が掴めていない。
高田と丑嶋は顔を見合わせるがこの状況を打開する術を双方持っていない。
女といえば、二人の気も知らずにすうすうと寝息を立てている。

「…柄崎、愛原が夜逃げした。思い当たる所探せ」

要件だけ告げると怠そうに携帯をポケットにしまった。
ふと、女の足元を見やるとメモ用紙が落ちている。

【私の借金はこの子が代わりに返済します。】

走り書きで綺麗とも言い難い置き手紙を、丑嶋は眉間のしわを一層深くして握りつぶした。

「社長、それは…?」
「高田ァ、この女連れてくぞ」
「は、はい!」

高田はイマイチ状況を理解できていないまま、ゆっくりと女を抱き上げると数メートル先の丑嶋のあとを追いかけた。



***



「どうするんスかこの女」
「……」

うんしょうんしょと一歩一歩注意して階段を上る高田の問いに丑嶋は答えない。
否、答えることができない。
自分でもこの女をどうするなんて考えはない。
ただ、愛原を探すことと女から何かしら情報を聞き出さなければならないのが最優先だと結論に至った。
「COWCOWファイナンス」と書かれた扉の前に差し掛かると
早く開けてくださいと言わんばかりに高田が見上げてくる。
女といえど人一人を一階から担いできたのだから、流石に体力の限界が近いのだろう。

「社長!高田さん!おかえりなさい…ってアレ?その女誰スか?」

事務所にはマサルと小百合の二人しかいなかった。
中でもマサルは好奇心旺盛にがやがやと質問を投げかけてくる。
丑嶋がうるさそうに一瞥すると渋々黙り、高田に後で教えてくださいね。
と小声で耳打ちした。この部屋ではほかの債務者から怪しまれるので奥にある一室へ運ぶように高田に告げた。






次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ