小話集

□修羅の叙情詩
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劉備達の元から立ち去った馬超は鍛練場に居た。
気持ちが落ち着かない。それを振り切る様に愛用の槍を構え、相当な重さのそれをいとも簡単に振り回す。

(…どうして俺はあんな君主の元に付いた?)

何時もなら槍を振るっている間は無心になれた。なのに今は彼の事がどうしても頭から離れない。

人の下に付く事等考えもしなかった。己の武一つでどんな相手にも勝つ。勝ち続ける。目的を果たすまで。

そう信じてきた筈なのに。

(…くそっ)

心の中で悪態をついてやや乱暴に槍を振り回したその時、突然「うわっ」という声が上がった。

「危ねぇな!ちゃんと周りに人が居ないか確認してから振り回せよ!」

いつの間に来たのか、馬超の槍を寸での所でかわした劉備が文句を言った。

「…アンタが黙って近付くのが悪いんだろ」

内心酷く驚いたのを隠す様に俯きながら馬超がそう言うと、劉備は「そりゃそうか」と笑った。

「何故ここに?関羽殿と張飛殿は?」
「博打が終わったから、ちょっとお前と話でもしようかと思って」
「負けたのか」
「いいや」

目を細め、劉備は得意げににっと笑った。馬超はそんな劉備から何となく視線を逸らす。

あぁ又だ。
又心の何処かがざわざわする。落ち着かない。

「最後の大勝負で大逆転」
「…流石は君主殿」

これ以上話していると何だか分からないが困った事になりそうな気がする。そう思った馬超はさっさと会話を切り上げようとしたのだが、そんな彼の心中を劉備が知る筈もなく。

「お前さ、俺の名前知ってる?」
「…は?」
「だからさ、俺の名前。一度も呼ばれた事無いからまさか知らないんじゃないかと」
「…劉備、玄徳だろう。知らない訳が無い」
「じゃ何で呼ばないんだよ」
「…失礼に、当たるかと」
「敬語使わない方がよっぽど失礼なんじゃないか?」
「…申し訳ない。以後気を付ける様にします」
「冗談だよ。そんな事を失礼だなんて思わねぇし。そんなんだったら子龍の方がよっぽど失礼だ」

「敬語どころかたまに馬鹿にしてくるからな、アイツは」と言いながらも楽しそうに笑う劉備を見ていると僅かに不快感を覚える。
食べ過ぎ、もしくは飲み過ぎて胃がムカムカする感じにも似ていて、それでいて全く違う様な、苛々する感じ。
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