小話集
□過去拍手御礼文 1
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「…何でまた居るんですか?」
本日何度目になるか分からない溜息をつきつつ、姜維は目の前の笑顔にそう問い掛けた。笑顔の主は、何故かとても嬉しそうな笑顔のまま答える。
「姜維の顔が見たくなって」
「趙雲殿とは一刻程前にお会いしたばかりだと思うのですが…」
「一刻は長いだろう」
「はぁ…そうでしょうか…」
ニコニコとその場に居続ける趙雲を気にしつつも姜維は鍛練に使用していた武器の手入れを始めた。それをただじっと眺める趙雲。
その視線に、姜維はとうとう耐え切れなくなった。
「何でそんなに見るんですか?」
「知りたいか?」
先程までの締まりの無い顔は何処へやら、趙雲は突然真摯な顔で尋ねてきた。その余りの豹変っぷりに驚き言葉の出ない姜維に、趙雲はもう一度同じ質問を繰り返した。
「私が姜維を見る理由が知りたいか?」
「…あ、いえ、や、やっぱり…いいです。あ!私すぐに丞相の所へ行かないと!」
何となくその先を聞くのが怖くて、姜維は慌ててその場を離れようとした。
その腕を、趙雲が素早く掴む。
「な、何ですか?」
「私は、ずっと姜維の側で姜維の笑顔を見ていたいんだ」
「ど、どういう意味…」
答える代わりに趙雲は姜維を引き寄せ抱き締めた。
「ちょ、何を…っ」
趙雲から逃れようともがく姜維は、突然首筋に寄せられた趙雲の唇の感触に「ひゃあっ」と甲高い悲鳴を上げた。
「い…いい加減に…してくだ…さいっ!」
渾身の力をこめて趙雲を引きはがす。思い切り突き出した手が鳩尾に入ったらしく、流石に膝を折った趙雲を無視して姜維は急いで走り去った。
「痛つつ…でも私は謝らないよ、姜維」
鳩尾を押さえながら立ち上がった趙雲はそう言って笑った。
「だってお前が好きなんだから」
謝らないよ。だって君が好きなんだ。
諦めないよ。だって君が好きなんだ。
離さないよ。だって君が好きなんだ。
世界中の、誰よりも。
「覚悟しておけよ、姜維」
いつかきっと、君を振り向かせてみせるから。