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□依雫様より。
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 マンション最上階。中学生二人が暮らすにしては、良い部屋を与えられた物だと思う。

 まあ高級度から言ってしまえば実際は、最上階の1フロア下が最高と言う事に成るのだろう。最上階を好むのは、僅かばかりの安全の確保を目論む裏の世界に関わって仕舞った者と、其れを勘違いしたマスコミの情報操作に踊らされた成金共だけなのだから。
 ピ…、と音を立てて、カードキーを通す。此処まではいつもの通り。雲雀の帰宅時間には、骸がドアその物の鍵は開けて置くから。
 風紀委員達に呆れられる雲雀の“帰宅コール”の一因は、実はその辺りにも有ったりする。
 更にその先もいつもの通り、軽くドアノブを回した雲雀は、愕然とした。
 ドアが、開いて居無い。鍵が掛かって居る。確かに今日は、電話を掛けて居無い。骸が帰る前にと慌てて出て来て、携帯を忘れて仕舞った所為だ。
 仕方無く雲雀は、久しく使わなかった自分用の電子キーを取り出し、鍵穴に差し込んだ。



 矢張りと云うか当然と云うか、玄関の明かりは点いて居無かった。門灯だけ点いて居ただけでも、有り難い話なのだろうか。
 ダイニングへと続くドアの奧からは、薄い光りが漏れて居る──その事実に雲雀は、自分でも驚く程の安堵を覚えた。
 それなのに、その安堵とは逆の妙な緊張感を持ったまま、雲雀はダイニングの扉を開けた。

「…骸?」

 返事は、無い。骸の姿も無い。点いているのは、ダイニングの照明だけ。寝室を探しても、不貞寝して居る訳でも無い。後は─…。
 誕生日なんて、気にして居無かったんだよ、骸。いつも連休の最終日が誕生日で、翌日から始まる学校が最高のプレゼントだと思って居たんだ。振り替え休日なんて、忘れて居たんだよ。
 言い訳の様な思想は、後悔と共に思考の中を巡るばかり。
 ダイニングテーブルの上に、ラッピングされた縦長の箱と、小さなカードが置いて在った。

 Io auguro i Suoi giorni nuovi e felici.
  Ti amo…


  冷蔵庫にケーキがあります。宜しければ、どうぞ。

 きっと贈り慣れてなんか居無いであろう、祝いの言葉。それに続く一文は、明らかに後から書き足されたもの。
 プレゼントの包みを開けば、出て来たのは少し長めのシルバーチェーンだった。この長さならば、多少動いたってシャツの中から出て来たりはしない。
 そしてペンダントトップは、店員から聞いていた通りの。長方形のプレートに、斜めに配置された二つの色石を囲む、不揃いな放射状の直線。
 骸が目を奪われた、あの指輪とよく似たモチーフの、其れ。
 直ぐに首に掛けて、アンダーの中にプレートを落とせば、肌に当たった金属がひやりとした。



 楽しみに、して居たのだろう。楽しみに…して居てくれたのだ、骸は。草壁も知っていた。アクセサリー店の店主ですら、気付いて居た。
 雲雀だけが、何も気にせずに不機嫌だった。骸の嬉しそうな様子を、見慣れたものだと勝手に納得して。
 そっと、足音を忍ばせて。雲雀はリビングのソファへと向かった。
 喧嘩が長引くと、骸はダイニングのソファで寝る。雲雀と一緒のベッドは嫌だと、言外に示して居るのだろう。
 明らかに雲雀が悪い時は、ソファの上で思い切り手足を伸ばして。その態度を見ると何となく、雲雀も意地に成って仕舞うのだが…その事は、まあ良い。
 そして自分が悪いと思って居る時の骸は、ソファの上に縮こまって眠る。俗に言う、胎児の姿勢という奴だ。人間が、母の胎内を思い出して一番安心すると云われる、あの。
 こんな様子の骸を見ると、雲雀は許して仕舞う。例え、その前にどんな我が儘を言われたとしても。

「今日は、悪いのは僕だよ…骸」

 ソファの横に、静かに膝を付いて雲雀が囁く。ブランケットを巻き込んで丸くなった骸からは、反応が無い。顔に掛かって居た前髪を払って遣っても、何も。

「ごめんね…」

 眠って居る事を確認して、小さく謝罪の言葉を吐いた。静かな寝息に、雲雀は少し切なくなる。
 選ばざるを得なかった争乱ばかりの日々の中を、この年まで生きてきた骸。きっと、人の誕生日を祝う余裕なんて無かっただろう。
 気付いて上げれば良かった。ちゃんとカレンダーとか見れば良かったのは、僕なのに。草壁の言う事なんか聞くのは癪だけど、最初に言われた時に帰って来ればまだ良かったよね。
 後悔なんか、しても意味は無い。そんな事は雲雀にだって痛い程分かって居る。寧ろ常の雲雀ならば、後悔の伴う言動など軽蔑して止まない。
 起こさない様に気を付けながら、雲雀は骸の左手を取った。
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