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□依雫様より。
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街に出てみた所で、この時間では既に大半の店は閉まっている。並盛の繁華街は、大体8時閉店の店ばかりだ。
人気だと云うケーキ屋、若者向けの安物ばかり扱う洋品店、昔の名残なのか、場違いに残った金物屋。小遣いの少ないお父さん世代向けの定食屋や、骸がよく買い物に来ているらしいスーパーマーケットも、この時間にはもう真っ暗だ。
その中に一つ、雲雀はオレンジがかった明かりの点く店を見付けた。
骸の気に入りで、共に帰る日にはよく付き合わされるアクセサリー店。そう言えばこの前、骸はこの店先にディスプレイされていた指輪に目を奪われていた。
─アステキッシュなインティのモチーフに、黒曜石が嵌っているなんて割と珍しいんですよ!
そう言って雲雀の手を引いて、ショーケースの中をじっと見詰めて居た。
─欲しければ、買えば良いじゃない。
─ええ、でも…今は良いです。
そんな会話を思い出して、雲雀はついついそのショーケースの前に足を止めて仕舞った。
この店も、恐らくは閉店準備中なのだろう。ディスプレイ用の証明を消しに来た店主が、雲雀に気付いて話し掛けて来た。
「ああ、いつも来る子の片割れ君!」
「………」
「あはは、怒らないでよ。今日は一人なの?…って、当然か」
「何で」
「だって今日、あの子のカノジョ、誕生日なんでしょ?」
「…は?」
呆気に取られた雲雀に、店主は悪い事言っちゃったかなー、とか言い乍ら頭を掻いている。
「どういう事?」
問い掛けた雲雀に、店主は仕方無さそうに事情を説明し始めた。
どうも骸は、この店で特注のシルバープレートを頼んだらしい。
「この指輪のモチーフに似せてね、色石を2種類入れて欲しいって。アイオライトと、ガーネット。どっちもルースは簡単に手に入るからね。一月後の受け取りだって言うし、良いよって」
アステキッシュなインティ。その意味は、雲雀にも何となく分かる。アステカの人々を導いたと言われる、太陽神。それをモチーフに、シルバープレートを…?
「何かね、“指輪に縛られて呉れる様な人では無いんですよ”ってさ」
そう言えば以前、骸とそんな遣り取りをした覚えが有る。
─随分板に付いてきましたね、その指輪。何だか君がボンゴレの犬に成って行く様で、少し嫌ですよ。
─何言ってるの?僕が指輪なんかに縛られる筈、無いでしょう?
あの時骸は、どんな顔をして居たっけ?少し、寂しそうに見えた様な気がする。でも、其れが何だと言うのだろう?
雲雀の胸中に関係無く、店主は話を進めて行く。
「でさ、その裏にM to K 2008.5.5ってね、彫ってくれって。それって今日でしょ?」
「…今日?」
「うん、今日でしょ。君、若いのに日付の感覚無くしちゃってない?」
あはは、と笑う店主に、雲雀は向き直った。
「ねえ、骸の指輪のサイズ、分かる?…薬指の」
え、と一瞬固まった店主は、しかし意外な応えを返した。骸は薬指に填める指輪を此処で購入した事は無い、と。
その応えに、雲雀は渋面を作って仕舞う。指輪になんか縛られない、なんて、そんなのはボンゴレに対してだけの物だったのに。
それでも骸は、自分の気に入った物を雲雀に贈って呉れようとしたのだ。この店で。
だったら…。雲雀の視線が、骸の気に入っていた指輪に釘付けられる。
「買った事はなくてもさ、大体予想は付くよ。他の指のサイズは分かってるし。顧客リスト出して来るから、ちょっと待ってな」
結局、店主の立てた予測に従って選ばれたサイズの指輪は、小さな箱に収まって今は雲雀のポケットの中。
「早く帰ってあげなよ〜」
閉店間際に遣って来た客に、店主の送る声援。おめでとう、とかそんな接客業に慣れた者が言いそうな社交辞令を言わないのは、これまた骸への気遣いか。それに小さく会釈を返して、雲雀は小さな箱を大事に握り締めた。