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□日常
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いつもみたいな、麗かな午後だった。

少なくとも、僕はそう思ってた。

なのに。


「ごめんなさい」


いきなり何の事かと思った。

否、過去形じゃなく進行形で思ってる。

応接室で仕事を片付ける僕と、何とはなしに応接室に来てソファで紅茶を飲む骸。

いつもと変わらない、心地良い時間だって。


「どうしたの、急に」


ソファに座って僕に背を向けたままの骸に、突如告げられた謝罪。

困惑するなってのが無理だよ、多分。


「何か、謝る様な事したの」


勿論僕は骸に何かされた様な覚えはない。

静かにしてたから仕事の邪魔にはなっていないし、これといって何も。

骸は僕の問いには答えず、少しだけ顔を俯けた。


「……………」

「……………?」


何この空気。

静かは静かなのに、仕事をする気にはならなくなった。

気になる事言うだけ言って黙り込むなんて、面倒な子だね君は。


「骸」


書類に走らせていたペンを置いて、俯いたままの後ろ姿に声を掛ける。

それに反応して、華奢な肩が小さく跳ねたのが見えた。

でも、振り返らない。

…本当に、何なの。


「骸、何かあったんでしょ?言ってみなよ」


特別意識した訳ではないけど、妙に優しい声が出た。

何か、骸様子おかしいから。

こういうの媚びてるみたいで嫌だけど、骸が相手なら構わない。

それくらい大切で、大好き。


「むくろ」


後押しするみたいに、名前を呼んでやる。

すると骸は小さく息を吐いて、紅茶のカップをテーブルに戻した。


「……解らないん、です」


ぽつり、溢れた声は弱々しくて、骸じゃないみたい。

若干震えてる様にも聴こえて。


「誰かの誕生日を祝うなんて、した事がなくて。でも、君が生まれた大切な日だから、君に喜んで貰いたくて、……どうすれば良いのか…解らなく、…て…」


言いながらどんどん沈んでいく骸。

これでもかってくらい首が垂れて、髪がさらさらと落ちて、普段長い襟足に隠されてる白い項が露になって。

あぁ綺麗だな、なんて、思う。


「何か、したいんです。特別な事を、したかったんです。なのに何も思い付かなくて、何をすれば君が喜んでくれるのか、解らなくて」


骸、段々饒舌になってる。

切羽詰まって来てる証拠だね。

言いながら混乱しちゃってるんだ。

…馬鹿な子。

とてもとても、愚かな子。


「骸、」


骸の言葉を、名を呼ぶ事で遮る。

ゆっくりと、僕の方に向けられる瞳。

…やっとこっち見た。


「こっち、おいで」


手招きしながら呼べば、骸は少し躊躇ってソファを立った。

何処か危なっかしい足取りで、執務机に近付いて来る。

僕も椅子から立ち上がり、骸が近付くのを待って―――


「…いい子」

「ッ!!」


届くギリギリの距離まで来た骸の顔面に、蹴りを入れた。

…気付かれて、ガードされたけど。

腕に弾かれた足がぴりぴりする。


「何をするんですか」


目標を破壊出来なかった脚を下ろすと、骸が殺気を含んだ瞳で僕を見下ろして来た。

…うん、良いね。

やっぱり君は良いよ、凄く。


「屋上行こう、骸」

「何故です?」

「久々に君と殺り合いたいな。…君に拒否権はないから」


行くよ、と言って、応接室を出る。

後ろは振り返らないけど、どうせ骸はついて来るから。

廊下に響く2つ分の足音を聴いて、口許が緩む。

緩んだそれを隠すつもりは、まるでなかった。



























本当に馬鹿だよ、君は。

特別な事なんて必要ない、君が隣にいるならそれだけで良い、…そんな簡単な事も解らないなんて。


「骸」

「何ですか」

「グチャグチャにしてあげる。覚悟して」

「…此方の台詞ですね」


今日は思う存分戦ってボロボロになって、2人で手を繋ぎながら歩いて帰って、家に着いたら、一緒に料理をしよう。

そして一緒に風呂に入って、お互いの傷の手当てをして、一緒に、寝よう。

いつもと何ら変わりない、そんな“日常”を一緒に過ごそう。


…“特別”なんて要らないんだよ。


君が僕を愛してくれてる、それだけで何もかもが“特別”だから。




「骨の1本や2本じゃ済まさないからね」



「立ち上がれなくして差し上げますよ」







―――さぁ。






“日常”を始めよう!







fin.

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