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□舞姫の扇
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「何それ」

骸が鞄から取り出したのは、随分と豪勢に飾りが為された扇だった。
見る限り高そうな。

「小道具ですよ。舞台で使うんです」
「舞台?」

扇を片手に、ぱたぱたと風を起こす骸。
その風に細い髪が煽られ、白い肌の上をさらさらと流れる。

「黒曜中の演劇部に頼まれましてね…秋にある大会で行う劇に、是非出て欲しいと」
「出るの?」
「ええ。…断れなくて」
「何で」
「表向きは優しい生徒会長ですから。公衆の面前で土下座されたら、受ける以外出来ないでしょう?」

まぁ、それはそうだろうね。
苦笑する骸に溜め息で返し、扇を取り上げる。
小道具、か。
近くで見れば確かに手作りっぽい。
高そうに見えたのは、これでもかと言わんばかりに吹き掛けられた金銀のスプレーが原因だ。

「案外人が良いんだね」
「黒曜中で円満な生活を送る為には、多少苦労も必要なんですよ」

扇を畳んで、骸に返す。
その時にちらりと見えたシャツの合わせ目からは、豊満な胸が作り上げる谷間。
…ボタン外し過ぎだよ馬鹿。
無言で骸の胸元に片手を遣り、1つボタンを閉めた。

「どんな劇なの」

胸元から手を離して、骸の隣に座る。
至近距離で見る顔はとても可愛い。
流石僕の恋人。

「昔の中国の話なんですけど、ある旅芸人一座にいる1人の女性が主人公。因みに、僕の役がその娘です」
「ワォ、部員でもないのに主役なの」
「この役は僕じゃなきゃ出来ないと、泣いて頼まれましたからね」

扇を開いたり閉じたりしながら、骸は鞄を漁り出した。
分厚い紙束を取り出してぱらぱら捲る…恐らく台本。

「その娘は大層美人だそうで、そのあまりの美しさに各国の王が挙って妃に迎えたいと言い出すんです。…平民の娘をですよ?凄いですよねぇ」

つまり骸が演じるのは、傾国を謡われる程の美女の役。
うん、確かに骸にしか出来ないだろう。
そんな美貌を持つ人間そうそういない。
少なくとも、骸くらいしか僕は知らない。

「でも彼女は国王達の求婚を断り続けた。…故郷に恋人がいるんです。離れる時に貰った扇を、彼女はずっと大切にしている」

ぱちん、と音を立てながら、骸は扇を畳む。
成る程、それがその扇なんだね。

「ところがある日、恋人と扇の存在をとある国王に知られてしまいます。そしてその王は、扇さえなくなれば彼女は恋人を忘れると考えて、」
「扇を盗んだ?」
「ええ、そうです。…彼女は、自分の不注意で扇を無くしてしまったと思った」

ぱら、ぱら。
ページを捲る細い指。
俯き加減の骸の頬には、髪が耳に掛けた側から落ちる。
その様子を只見ているだけなのに、何故こうも胸ときめくのか。
本当に、美しい人だ。
骸が演じる娘がこれ程までに美しいというなら、確かに傾国を謡われてもおかしくはないだろう。
全てを捨ててでも手に入れる価値が、骸にはある。

「…彼女、それからどうしたと思います?」

ちら、と、横目に僕を見る。
不意打ちだよ骸。
上目遣い禁止…欲情するから。

「身投げでもするの?」
「当たりです。恋人から貰った扇を無くすなんて彼に合わせる顔がないと、彼女は切り立った崖から海へ身を投げました」
「………」
「あとは解り易いですよね?その報せを受け、恋人も勿論自殺。扇を盗んだ国王は深く反省し、彼等の深い愛に心打たれた王達は真面目に国を治め、世界は平和になりました」

台本を閉じて、鞄に仕舞う。
物語後半の説明がおざなりなのは、まぁ仕方のない事だろう。

「とまぁ、大雑把に言えばこういう話です。悲劇の上に成り立つ平和を描いて、愛の尊さを説く…っていう物語だと思うんですけど」
「君、演技なんか出来るの」
「勿論。自分でない誰かを演じるのは僕のライフワークですよ」

お忘れですか?なんて、首を傾げながら訊いて来る。
あぁ、そう言えばそうだね。
君は毎日黒曜中で優等生を演じてるんだったよね。

「完璧に演れる自信はありますよ。…上辺だけならね」
「上辺?」
「彼女の心情は、僕には理解出来ませんから。扇を無くしたからといって死を選ぶなど、馬鹿馬鹿しくて笑いさえ起こりません」

そう言う傍から、骸は笑ってる。
いつもの、あの独特な笑い声で。

「だって、」

一頻り笑った後、骸は顔を上げて僕を見た。
真っ直ぐに見つめて来る二色の瞳。
一片の濁りもない、綺麗な瞳。


「僕が死んだら、雲雀くんが泣いちゃいますから」


瞳が、口許が、笑みの形に歪む。
柔らかい笑顔だ。
凄く可愛い。

「後追い自殺なんて馬鹿な真似はしないでしょうけど、雲雀くんが泣いちゃうと僕困っちゃいますからねぇ」
「君馬鹿じゃないの。死んだら困れないでしょ」

否定する所間違ってないかって?
そんな事ないよ。
だって、泣いちゃう云々は本当だから。
骸が死んだら泣くよ、僕。
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