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□振れない手
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「骸」


僕を呼ぶその声が好きだった。


「骸、好きだよ」


ぶっきらぼうにそう告げる、不機嫌な顔が好きだった。


「骸、こっちに来て」


優しくない癖に凄く優しい、素直じゃない君が好きだった。


「骸―――」


好き、だったんです。

大好き、だったんです。


いえ、きっと今でも。



それでも。
































包帯だらけの躰。

ベッドヘッドのポールに手錠で繋がれて、長い距離を移動する事は許されない。

ぎりぎり届く窓辺のソファに身を預け、遥か下に広がるイタリアの街を見下ろす。

小さく、溜め息。

独りきりの部屋は広すぎて、ふっと瞳を閉じる。


「何見てんの、骸君」


独りきりだった筈なのに、突然背後に感じた存在。

僕を繋いだ張本人。


「白蘭…」

「何か面白いものとかあった?」

「…いえ、そういう訳では」


緩く首を振って否定する。

何とはなしに見ていただけだから、特に何かがあった訳ではない。


「ね、骸君」

「何でしょう」


「殴って良い?」


承諾を得るつもりなど更々ない癖に。

僕が何かを口にするより早く、
白蘭の拳が僕の鳩尾にめり込んだ。

前のめりになって咳き込む僕の髪を掴み、無理矢理顔を上げさせられる。

以前切れて治り掛けていた口端が再び切れ、赤い筋が顎へ伝った。


「痛そう。大丈夫?」

「…大丈夫じゃないと言ったら、やめてくれますか」

「まさか」

「でしょうね」


にっこり笑う貴方に合わせて、僕も笑う。

白蘭の破壊衝動を受け止めるのは、この何日かで慣れた。

殴られ、蹴られ、夜には犯され。

全てが終れば白蘭自身の手で治療される。

何を考えているのだろう。

とてもとても、興味深い。


「何考えてんの?」


すっと、白蘭の瞳が細まる。

あぁ、この瞳は。


「雲雀恭弥?」


言葉と同時に、手を踏み付けられた。

めり、なんて、嫌な音がする。

指先の感覚が一瞬にして消えた。

折れた、か?


「違い、ます」

「そう。今頃物凄く心配してるだろうね雲の守護者君は。大事な大事な恋人からの通信が急に途絶えたんだもん」


ぐりぐり、何度も何度も体重を掛けて踏む。

白一色の床に滲む赤い色が目に付いた。

あぁ、床を汚してしまった。


「帰りたい?」


白蘭は手の上から足を退け、
僕と目線を合わせる為にしゃがみ込む。

乱れた前髪を優しく撫で、耳に掛けてくれた。


「雲雀恭弥の所に、帰して欲しい?」

「白、ら、…っ…」


そのまま後頭部に手を当て、強引に口付けられる。

今の僕の口の中は血だらけで、口付けは鉄の味しかしない。

荒々しく舌を絡め取られ、歯列をなぞられ、切れた傷を舐められ。

ぞくぞくとした何かが、背筋を駆け上がるのをリアルに感じる。

酸素を求めて僅かな力で白蘭の胸板を叩けば、素直に解放してくれた。


「君が何て言っても、絶対帰してあげないけどね」


眼前に広がる、邪気の欠片もない笑顔。

涙で滲んだ視界にそれを捉えた瞬間、心臓を鷲掴まれた様な感覚に陥る。


何で、だろう。

どうして、だろう。

この男は僕を殴り、蹴り、犯し、屈辱という屈辱を与えて来たというのに。

なのに。


「白蘭…」

「ん?」

「……も、っと…」


なのに何故。


何故。























恭弥。

僕は君が好きだった。

僕は君が大好きだった。

今でも好きです。

大好き、です。


でも、

僕はこの男を、愛してしまった。

理由なんて解らない。

嫌悪するべき対象の筈なのに、それでも。









ごめんなさい。

僕は君を傷付ける。

今でも君を好きだなんて都合が良すぎるのは解ってる。

潔く別れましょうとさえ言えない自分が、醜くて愚かで、殺したいくらいに。




恭弥、君が好きなんです。


白蘭、貴方を愛しているんです。





さようならと手も振れない、貪欲な僕。













ごめんなさい。










ごめんなさい。












僕を愛して。









僕を独りにしないで。













僕を――――
























「すきだよ、骸君」













飲み込まれていく。





鮮やかな“白”に。






















―――“黒”は、遠い。












fin.

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