2

□蓮の花浮かべて
1ページ/3ページ


久し振りに足を踏み入れたボンゴレ本部。

何だか以前とは空気が違う、なんて、何とはなしに思った。


「沢田」

「!雲雀さん、お帰りなさい」


任務完了報告なんてさっさと済ませて、骸に会いに行きたい。

長期任務から帰ったら、僕はいつだってそうしてた。

沢田は適当にあしらって骸に会いに行って、骸に触れて。

会えなかった間のストレスを、骸に触れる事で中和する。

僕の最高の、癒し。


「詳しい事は後で報告書を提出するよ」

「はい、お願いします」

「ところで、骸の事だけど」


骸の名前を出せば、沢田の表情が一瞬固まる。

本気に一瞬だけ。

次の瞬間には、また笑顔に戻ってた。

この10年で随分逞しくなったじゃない。


「雲雀さん…」

「骸は今何処?」


言いづらそうにしてるけど、何だっていうの。

僕は待たされるのが嫌いなんだ、訊かれた事にはさっさと答えなよね。


「…中庭、です」

「そう」


それだけ聞けば、もう沢田に用はない。

あっさりと背を向け、ドアノブを回した。


「雲雀さん」


引き止めようなんていい度胸だね。

僕と骸の時間を邪魔するつもり?


「…貴方は、俺達に必要な人なんです」


背中に視線なんか感じない。

多分、机でも見ながら喋ってるんだろう。

馬鹿みたいに真っ直ぐな君らしくないね。


「だから…」

「解ってるよ。僕は骸程馬鹿じゃない」


沢田に視線さえ遣らず言って、今度こそ部屋を出た。

君がどんな顔して、どんなつもりでそんな事を言い出したのか知らないけど、馬鹿馬鹿しい問答に付き合う気はないよ。


骸に会いたい。


骸に、触れたい。































「雲雀恭弥…」

「お、ヒバリ!帰ってたのか」


中庭には山本武と、骸のペットの女がいた。

僕を見付けて直ぐ、山本武が笑顔を向けて来る。


「今着いたんだよ」

「骸様に、会いに来たの?」

「勿論」


中庭の真ん中に、僕が任務に行く前にはなかった池がある。

水面には蓮の花が沢山浮かんで、何とも仏教的なイメージを感じるね。

神秘的、とでも言うのかな。


「骸は?沢田が中庭にいるって言ってたんだけど」


辺りを見回して、女に訊いてみる。

僕を暫く無言で見てから、女は視線を斜め下に滑らせた。


「ここ」


その方向にあるのは、池。


「骸様はここにいる」


促されて池の淵に立ってみれば、水の中に足が見えた。

黒い革靴を履いた足。

ラインに沿って目を上げて行けば、黒いスーツに包まれた長い脚から細い腰、胸の上で組む華奢な手、白い首筋。

たゆたう水に濃紺の髪を揺らしながら、眠る様にして沈む骸が其処にいた。


「貴方が見るのは初めてだよね…」

「ヒバリが任務行ってる間の事だったからな」


蓮の匂いが花につく。

血生臭いこのボンゴレアジトにおいて、異常な程清浄な匂い。


「これが、棺なの?」


しゃがんで、水に手を浸す。

冷たい。

凍るかと思った。



「骸が死んだ事は、ツナから聞いてたんだよな?」



―――骸は死んだ。


僕が任務に就いている間に、僕の知らない場所で、僕の知らない奴に殺された。

知ってたよ。

落ち着いて聞いて下さい、なんて言いながら沢田が連絡寄越したからね。


「この池は山本武が協力してくれたの」

「そんな大層なモンじゃねーけどな」


生きてるみたい。

瞳が開けば、直ぐにでも動き出しそうな。

瞳が開くなんて有り得ないけど。


「助からない怪我だった。傷口から毒まで入り込んで、ボンゴレの医療班でもどうにも出来なかったんだ」


激痛と毒による高熱で、骸は物凄く苦しんだらしい。

ああいう奴だから顔には出さなかっただろうけど、バレバレだったって。


「だから俺が痛覚神経を“鎮静”させたんだ。痛みを感じず逝ける様に、…眠るみたいに逝ける様に」

「この池の水も、雨のリングの力なの。細胞の成長や腐敗機能を“鎮静”させて、ずっと綺麗なままでいられる様に…」

「…それは骸が?」

「まさか。俺達が勝手にやった」

「だろうね」


骸はきっとこんな事望まない。

自分を疫病神か何かみたいに考えてたから、どちらかと言えばさっさと土に還して下さいとか言いそう。

僕の存在はボンゴレにとって不利にしかならない、とかさ。

馬鹿だよね。

こんな事勝手にされちゃうくらい、君は皆に愛されてるのに。


「ねぇ」

「…なに?」

「骸と2人にしてよ」


久々に会った愛しい人。

恋人同士の時間を邪魔するなんて、そんな野暮はしないでしょ?


「そだな。行くかクローム」

「…うん」


頷いて、中庭から出て行く女と山本武。

ちゃんと空気読めるんだね。

君達も成長したじゃない。


「骸」


水面は光を反射して輝く。

その光は、僕には眩し過ぎた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ