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□願いの糸
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「雲雀くんっ」

いつもの如く応接室に現れた骸は、何だか凄くご機嫌。
ドアを後ろ手に閉めて、執務机に着く僕に近付いて来る。

「やぁ」

この僕が笑って迎えてやるなんて滅多にないよ。
それくらい君を好きなんだって、恥ずかしげもなくそう思う。

「こんにちは」

僕が笑えば君も笑う。
常に浮かべてる、貼り付けた様な笑顔じゃなくて、花が綻ぶ様な可憐な笑顔。
褒め過ぎ?
そんな事ない、事実だよ。

「どうしたの、今日は」

普段特別用がなくても此処を訪れる骸だから、きっと今日も大した理由なんてないんだろう。
いつもの君は、僕がこう訊けば頬を赤らめてこう応える。
雲雀くんに会いたかったんです、って。
これを素で言ってる辺りタチ悪いよね。

「ちょっと、手、出して下さい」

僕の目の前まで来ると、骸は悪戯っぽく笑って言った。
手?
何か渡されるのかな。
そう言えば骸は、ドアを後ろ手に閉めてからずっと手を背中に回したままだ。
…何か、持ってる?

「なに」
「そう警戒しないで。…悪い様にはしませんから、出して下さい。あ、目も閉じて」

悪い様にはしないって、それ悪役の台詞だよね。
以前ならいざ知らず、今の骸が僕に危害を加えるなんて有り得ないから、とりあえず大人しく目を閉じた。
それを確認する時間があった後、暗闇の世界で左手を取られた。
骸の手。
柔らかくて、可愛い感触。
それが何やら、僕の小指辺りをうろうろしてる。
何か細い物が触れて、指を締め付けて。

「骸、未だ?」
「もう少しです…未だ開けないで下さいよっ」

何となく、指輪かな、なんて。
でも何でだろう。
別に誕生日でもなければ、クリスマスでもバレンタインでもない。
指輪が欲しいと言った覚えもない。
指輪を渡される理由なんか思い付かない。

「…雲雀くん、開けて良いですよ」

目を閉じたまま考え込んでいると、左手が解放された。
そのまま机に、ぱたりと落ちる。

「一体なん…」

どんな指輪だろう、とか。
考えていた頭は、一瞬で真っ白になった。
左手の小指に巻き付いていたのは、指輪なんかじゃなかったから。
そう、“巻き付いて”いたのは、

「運命の赤い糸ですっ」

裁縫用の赤い縫い糸。
可愛らしいリボン結びで小指に巻かれたそれのもう一方は、横に立つ骸の小指に。
そちらも、多少不格好ではあるがリボン結びにされている。
そっか、片手でやったんだね。

「指輪かと思った」
「指輪が良かったですか?」
「別にそういう訳じゃないけど。どうしたの急に」

そりゃあ君から指輪が貰えたら嬉しいよ。
でも、これもなかなか。
無駄に乙女チックな君らしい。

「今日被服の授業があって、その時に思い出したので」

随分と突発的だね。
普通こんな事、思い出したとしてもやらないよ。

「僕の運命の人は雲雀くん以外に有り得ないので、ちゃんと意思表示しておこうと」

何だろうね、この可愛い生き物。
この大胆さも海外育ち故なの?
それとも骸特有なの?

「有難う。嬉しいよ」
「おや、珍しく素直ですね」
「僕はいつだって素直だよ。特に欲望にはね」
「クフフ…そうでしたね」

軽く糸を引っ張れば、繋がる骸の手も引っ張られる。
結果僕の方に伸ばされた手を掴んで、少し強引に引き寄せた。
どちらからともなく重なる唇。
触れるだけのキスを繰り返して、ちょっと物足りないけど、今はこれで良いや。

「…指輪は、もう少し待って下さいね」
「嫌だ。待たないよ」
「全く君は…我が儘を言わないで下さい」
「指輪は僕が渡すから」
「…え?」
「僕は待たない。待つのは君の方」

君は今どんな顔してる?
細い躰を抱き締めた状態じゃ、君の顔が見えないから。
…まぁ、きっと真っ赤になってるんだろうけどね。

「全く…君はっ…」
「嬉しい?」
「当たり前ですっ!」


うん、僕も嬉しい。
君が嬉しいと言ってくれたから。


「本物渡すまで、ずっとこれ結んでようか」

「物理的に無理でしょう。学校とか、お風呂とか寝る時とかどうするんです?」

「学校は転校して来れば良いし、風呂やベッドなんか今更でしょ」

「…それはそうですね」

「僕の傍にいなよ、骸」



君とずっと繋がっていたいよ。


その気持ちは、君も僕も同じでしょ?

















赤い糸の伝説なんか信じちゃいないけど、


この糸は君が結んだものだから、



―――信じてみるのも悪くないよ。












fin.

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