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□抜け出した先
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何一つ疑ってなんかいなかった。

貴方がそう言うのなら、そうするのが最良なのだろうと思った。

貴方はいつだって正しかったから。

貴方は俺達に嘘を吐かなかったから。

貴方が俺達を裏切った事なんて、今まで一度もなかったから。





























踏み入れた其処は、以前と変わらず荒れたままで。

誰も整備をしようとはしないから、荒れたままなのは当たり前で。

砕けた天井や床の破片が其処ら中に散り、歩けばじゃり、という音がする。

目の前にあるのは、ソファー。

映画館として造られたこの大きな部屋、ステージ上にぽつんと放置されたソファー。

そのソファーが主を失って、未だそんなに時間は経っていない。

触れればぬくもりが伝わって来る様で。


「……骸様…」


…馬鹿馬鹿しい。

ぬくもりなんて残っている筈がない。

あの人は俺達を騙して、結果消えた。

嘘を、吐いて、俺達の前から姿を消した。


『何れ…骸さんがいねーびょん…』


この広い空間に木霊した、犬の声。

信じて疑わなかったものが、俺達を裏切った証拠を目にした時の。


『此処れ落ち合おうって約束したのにッ!!』


あの人は俺達にとって絶対だった。

あの人の言葉は法律なんかよりずっと重く、俺達を守ってくれた。

あの人は俺達よりずっと傷付いていたのに、俺達を守ってくれた。

只のオモチャである、俺達を。


『仕方ありません…此処からは各々で逃走しましょう』


首輪の痕が残るあの人の姿は酷く痛々しいのに、それでも強く笑っていた。


『僕一人なら何とかなりますが、』


その瞳は真っ直ぐで、汚れ一つも、なくて。


『お前達がいては足手纏いだ』


あぁ、きっとそうなのだろうと、思った。

あの人がそう言うなら、俺達は足手纏い。

俺達があの人の傍にいなければ、あの人は難なく脱獄出来るのだと。


あの人があの暗闇に戻される事は、二度とないのだと。


「柿ピー」

「!…犬」

「また来てんのかびょん」

「…犬こそ」


信じて、いたんだ。

俺達が離れれば、今この時だけ離れれば、またすぐに一緒にいられる様になると。

それなのに。


「…骸さん、さ」

「………」

「何れ俺達逃がしたんらろ。俺達なんかオモチャなのに。捨てれば、良いのに」

「…俺に解る訳ないだろ」

「使えねーなもっさりメガネ」

「犬に言われたくない…」


信じて闇から抜け出して、あの人がいる筈の場所へ、来て。

…あれは嘘だった、って。

俺達は裏切られたんだ、って、此処に来るまで気付かなかった。


「骸さんが俺らに嘘吐いたのなんか、…今まれなかったのにな」


あの人は我が身を犠牲にして、俺達を救った。

そう理解するまで、どれだけ掛かっただろう。

信じられなかったから。

あってはいけない事だったから。

使い捨てのオモチャが無事で、その持ち主だけが壊れる、なんて事は。


「…骸さんがいなくて……俺ら、これから…」


犬の気持ちは痛いくらい解る。

これからどうすれば良い。

俺達の存在理由なんて、あの人に利用される事にしかないのに。

あの人のいない世界で、どうやって生きれば良い。


あの人がいないなら、

脱獄なんかしても意味はないのに。


「……犬」

「…んらよ」

「理由はどうあれ、骸様は俺達を守って下さったんだ」

「……」

「俺だって骸様のいない世界に未練なんかない。…けど、きっと何かある」

「…何か?」

「骸様が俺達を守って下さった、理由」


優しい嘘と、優しい裏切り。

あの人の心の奥にある、本当の想い。

それが解れば。


「…探そう、犬」


あの人のお考えが解るなんて、そんな自惚れはしない。

でもそれが、あの人が俺達を守ってくれた理由に繋がるなら。


「俺達が“骸様”を迎えに行くんだ」


あの人の為に、この命を使うと誓ったのだから。

あの人の、為に。


「…ちぇ、何かカッコイーじゃんか」

「茶化すな。…骸様に逢いたいだろ」

「当ったり前!」


ソファーから主が消えて、未だそんなに時間は経っていない。

それでも、ぬくもりが消えるには充分で。


冷たくなったソファー。

消えた姿。


…必ず、取り戻す。




「慎重にね、犬」


「柿ピーこそ、ビビんなよ」












骸様。












あなたにあいたい。
















あいたい、








あいたい、










あいたい――――――






















『――もう一人の僕をさがしなさい――』












必ず、この手で。












fin.

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