9月27日婆ちゃんは84歳の誕生日を迎えました。婆ちゃんを連れだし、デパートで、欲しいって言うものを有りったけ買いました。エンジ色が好きで、ベストもおさるもシャツもカットソーもインナーもリボンのついたよそゆきも、エンジ色の帽子も、和柄の手鏡も嬉しそうに選びました。それから宮島へ一緒に渡りました。あなご丼が好きだから宮島で婆ちゃんとあなご丼を食べました。出来る限り思うようにしてあげたかった。今更ながらでごめんね、ってずっと思いながら幸せそうに笑う婆ちゃんの顔を見ていた。淋しくて悔しくて。ホームに連れて帰ってから、プレゼントの服達がいっぱいつまったリボン付の箱をソファの上に置いてばいばいした。婆ちゃんはエンジの帽子を大切そうにに握っていた。それから7日が過ぎた。婆ちゃんの部屋のソファにはあの日のまま、封も開けずにプレゼントの箱が置いてあったらしい。婆ちゃんが欲しくて買ったものだということも、もう分からなくなってれ。あれだけ好きなものいっぱいに囲まれて嬉しがっていたのに、それすらも記憶は消えてしまう。淋しくて仕方なかった。
そういえば以前に、婆ちゃんの家を引き払って間もなくのころ、叔母が私の職場にお弁当を持ってきてくれた。その時に小さな箱がひとつ一緒に入れてあった。開けてみると、キューピーちゃんがひとつとメモが一枚。『婆ちゃんがたくさん持っていたキューピーのうちのひとつです』…あとのキューピーちゃんがどこにいったのか考えたくもない。婆ちゃんは大事なものももう忘れてしまう。忘れ去ってしまわないように、また時々は思い出せるようにと願いをこめて、婆ちゃんの部屋にキューピーちゃんを置き、婆ちゃんの財布にキューピーちゃんのストラップをつけておいた。そして、婆ちゃんの代わりに私がキューピーちゃんをいっぱい持つことに決めた。そして、いつか結婚式にはドレスの色をエンジにしようと決めた。最近、ふと婆ちゃんが私に言った。「あんた、佳壽子っていう名前気に入っとるか」うん、すごく気に入っている。昔はなんか古風な名前に思えたりしてたこともあったけど、今となっては、その古風な名前と、何より漢字の古さがお気に入り。すると婆ちゃんは、「ほうかぁ、あんたの名前は婆ちゃんが付けたんよ」と嬉しそうに話す。知ってるよ、昔からよく聞いた。『佳』には賢いという意、『壽』にはことぶき、めでたい意。この漢字は昔からいつも珍しがられ、たいていの人は読めないし書けない。母さんでも書けない(笑)。でも、婆ちゃんに幼い頃に教えてもらい、この名前と共に生きてきた。特に『壽』という複雑で特殊な漢字は私の個性の現れのようで大好き。絵を書いたりすると、サインにもこれを入れておくのです。そして、婆ちゃんは言った。「あんたが産まれて名前を付けるときに、婆ちゃんは辞書をひいてひいて…『佳』という漢字にはのぅ、広い世界をもつ、という意味もあるんじゃ」産まれて初めて聞いた話だった。同じ話ばかりする婆ちゃんが初めて話してくれた話。―広い世界をもつ―なんてよい意味を持っていたの。その名の通り、周りの人々に恵まれた子に育ち、様々な広い世界をもつ人々に出会い続け、自分自身の世界も日々拡がり続けているよ。素晴らしい名前を有難う。私が死ぬまで共にしてゆくこの自慢の『佳壽子』という名前を最愛の婆ちゃんにもらえたことはなによりの幸せです。ひとがこの世に生まれ、初めてもらうものが名前。汚さないように大切にし続けるよ、婆ちゃん。ひとは弱いものだから、大切なものをいつのまにか見失ったり、傷つけたり、守れなくなってしまうの。そして、無くして初めて気がつくのです。そして泣くのです。とても弱い…。もうこんな弱い自分をずっと繰り返している。
昨日、本屋で立ち読みした本に『壽』という漢字が載っていた。意味のところに「長寿」とあった。婆ちゃんに壽を祈り祈り居続けます。

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