みどりいろのくも
□みどりいろのくもC
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箱根の山々が夕日を受けてオレンジ色に染まっている。
この日、二日目となる合宿は既に終わりを告げていた。
「よっしゃー!メシや、メシ!」
「ぼ、僕あんまりお腹すいてないな〜」
「何言ってんねん小野田くん!ロードレーサーは食べるのも仕事の内やで!!ワイなんか昔早食い早飲みのしょうちゃんて呼ばれてたんや!!」
一日目の練習メニューが終わり、お腹をすかし、汗を流しながら部員たちは宿舎へと帰ってゆく。
「ガハハハハ!そんじゃ俺と勝負するか鳴子!」
「む、オッサンには負けませんて!」
「オッサンじゃねぇ!!、よし!早食い競争だ!!青八木、スプリンターならお前も混ざれ!」
「…」コク
「えー、本当にやるんですか」
心配そうにしている小野田に巻島が肩をたたく。
「スプリンターなんて、競争心の塊だ、手に負えねェから適当に放っておくッショ」
すると遠くから鳴子声が響いてくる。
「ほな!マネージャーも早よう、いくで!!」
「え、あ、うん!すぐ行きます!」
鳴子に向かって大きな返事をした名無しさんの目線の先には、無意識にも長い髪をなびかせた巻島の後姿が映っていた。
巻島への気持ちを自覚した名無しさんは、あのあと、宿舎に荷物を預け、
合宿前に手嶋や金城の指導の下、言われた通り、部員の飲み物を作ったり、模擬レースの準備・片づけや、また、大量の夕食を作る手伝いなどをしていた。
そこで初めて見た巻島の異様な走り方。
まるで風をも味方にしたかのような
綺麗で力強い走りだった。
改めて、合宿へ来てよかったと感じていた。
また二日の間の慣れない仕事でへとへとになっていたが、なんとなく一日の手順も分かってきたため、
明日からはもっと楽しみながら、要領よくこなせそうだと感じていた。
「金城さん、お疲れ様です」
名無しさんは金城にタオルを渡した。
「マネージャー。ご苦労だったな、昨日の今日で随分と手際がよく感じた。さぁ、メシにしようか」
サングラスの中で優しい目がこちらを覗いていた。
「あ、ありがとうございます。でもあの、先に洗濯物干してきちゃおうと思います」
時計はまだ19時を指している。
早めに洗濯を終わらせればなんとか明日中には乾きそうだと思っていた。
「そうか、すまないな。じゃぁ終わったら食堂にこい、一緒にメシにしよう」
「はい、」
□□□
名無しさんは賑やかな食堂を後にして、一日に出た洗濯物を干していた。
「(結構量多いな、ちょっと急がないと明日まで乾かないかも…)」
そう思い、洗濯機から衣服を取り出す。
すると…
「え、こ、これ」
名無しさんは自分がみるみる赤面していくのが分かった。
「ぱ、ぱん…パンツ」
それもそのはず。
昨日今日と忙しく洗濯物も干す時間さえなかった。
部員たちが脱いだ洗濯物にはもちろん
下着も混ざっている。
「あ、当たり前よね、そうよ、ほ、干さなきゃ…乾かないもんね」
独り言を言いながら、恥ずかしげに両手でパンツを持つ名無しさん。
意を決して干そうとした瞬間、
後ろから声がした。
「何してるッショ」
声の方向へ振り返ると、
「ま、まま、巻島さん!!」
巻島は分が悪いように苦笑して
「さ、さっきから俺のパンツ持ちながら…一人でぶつぶつと…」
「…え、”おれの“?」
名無しさんはそう言われて、自分の両手を改めて目にする。
自分の手に、あるのは
緑色の……パンツ。
パンツを握りしめていた名無しさんの姿を、巻島は、顔を引きつらせて見ている。
「(きゃーーーーーーっ!!!)」
大、大、大ピンチです。
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