‡龍が如く‡

□A
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私は、私を包む腕の中からいまだ気怠い体を起こした。

けれどそのままベッドを抜け出そうとした所で、腕を掴まれ動きを止められた。


「まだ、帰らないで」

掠れた声に引き止められて、腕を引かれる。


「…っ」

ただそれだけの行為なのに、胸の奥がきゅうと苦しくなる。

でも…!


「離して、ください…!」

振りほどくことはできなかったけれど、それでも私は引かれた腕に力を込めた。


「名無しさんちゃん…」

一輝さんも体を起こす。

掴んだ私の腕を離さないまま。


「ずるいです、一輝さん…」

何か言いかけた一輝さんを遮るように私は口を開いた。

「愛していると言ってみたり、嫌いになれと言ってみたり…私は、どうしたらいいんですか…!」


一輝さんの腕がぴくりと震える。

私を見るその表情が、とても苦しそうで。

このまま続けたら一輝さんを困らせることは分かっていたけど、それでも私はもう、感情を抑えることができなかった。


「私はこんなにも、…こんなにも一輝さんを――…!」

最後はほとんど声にならなかった。


愛してる、のに――…


その言葉は、強い力で抱き寄せられた一輝さんの胸に…涙と共に、こぼれ落ちた。





その後の沈黙を破ったのは、私を抱きしめたまま離さない一輝さんの、ごめん、という言葉だった。


「それは…私の気持ちに応えられなくて、という意味ですか…?」

そう訊いたら、抱きしめる腕に力が込められた。

「、ごめん…」

絞り出すような、苦しそうな声。


「どう、して…?」

訊かずにいられなくてこぼれ落ちた言葉に、

「俺は、卑怯なんだ」

一輝さんはそう答えた。


意味が分からなくて顔を上げようとしたけど、強く抱きしめられていてそれもままならない。

そのまま一輝さんはゆっくりと話し出した。


俺は店を辞められない…店長として、曲がりなりにもNo.1背負ってる身として

だから、どんなに名無しさんちゃんが好きでも店では割りきって仕事をする自分がいる

その気もないのに、ただ店のために…自分を好きにさせようとして女の子と接してるんだよね


私の髪をなでながら、まるでここが教会の懺悔室であるかのように一輝さんは話を続けた。


アフター、一回も誘ったことなかったよね?

誘わなかったんじゃない、誘えなかったんだ

こわかった、絶対に自分を抑えられないと思ったから

こんな風になってしまうって…分かっていたから

そのすべてが名無しさんちゃんを傷付けるって…分かりきってたのに――…!!


「それでも私は!」

痛いくらいに抱きしめられながら一輝さんの言葉を聞いていた私は、気が付いた時にはひとりよがりなわがままを一輝さんにぶつけてしまっていた。

「…私は、一輝さんが…欲しい、です…」


「名無しさん、ちゃん…」

一輝さんが腕を緩めて私を見る。


「もちろん、全然平気だなんて言いません。でも一輝さんは…、お店が終わってからも私のことを少しも想ってはくれませんでしたか…?」

「店にいても…考えちゃってたよ。ふとした時に想うのは、いつも名無しさんちゃんのこと…」

私の質問に答えながら自嘲気味に笑う一輝さんは、

「じゃあ、お店が終わってからは…」

「名無しさんちゃんのことしか、考えられなかった…」

そう答えてくれながら、罪悪感に苛まれるように目を逸らした。


「だったら言ってください」

一輝さんが落とした視線を持ち上げる。

「私を愛してると、…俺を嫌いにならないでと…、言ってください…!」

止まったはずの涙が、また頬を伝った。


「名無しさんちゃん…」

一輝さんは驚いたように私を見ていた。

そしてしばらく後、ふと目を伏せると小さく笑って息を吐く。


「っ、ごめんなさい…一輝さんの気持ちも考えないで、勝手なことばかり…」

瞬間的に、私は自己嫌悪に陥る。


「ううん、謝らないで。名無しさんちゃんには敵わないな、って思っただけだから」

けれど一輝さんはそう言って私の涙を拭ってくれた後、

「俺の方がよっぽど勝手だけど…」

「、一輝さ…」

「やっぱり俺も…、どうしても名無しさんちゃんが欲しい…」

そう言いながら、そっと私を抱きしめてくれた。





そうしてしばらく抱き合った後、一輝さんの手が私の頬をなでた。


見上げると一輝さんは少し照れたように笑って、

「…ごめんね」

言いながら私の顎を持ち上げた。


「一輝さ…」

その『ごめんね』は、ついさっきまでのような決別を表すためのものではなくて。

それに安堵した私の唇に、一輝さんは優しいキスを落とした。


優しくついばんで柔らかく食むような甘い口づけは、少しずつ深くなっていく。


「もう一回、抱いていい?」

「…っ、」

ようやく唇を離した一輝さんにストレートに訊かれて少し恥ずかしかったけど、私はこくりと頷いた。


と同時にあることを思い出して顔を上げる。

一輝さんに目で促され、私は口を開いた。


「あ、あの…今度は一輝さんもちゃんと…、今日は私、…あの、大丈夫、ですから…」

言いながらすごく恥ずかしくなって、最後は消え入りそうな声になる。


でも一輝さんはそれが何を指すかすぐに分かってくれたみたいで、

「気付いてたんだ、」

と俯いた私の髪をなでてくれながら申し訳なさそうに言った。


そう、一輝さんはさっきも、そして前の時も…私が口でした時以外イってない。


「理由を、訊いても…?」

少し迷ったけれど、私はそれを口にした。


「自分への枷のようなもの、かな」

一輝さんは少し考えた後、答えてくれた。

「抱くこと自体、名無しさんちゃんを傷付けると思ってたから」


それを聞いて、私は小さくため息をついた。

「それとこれとは話が違う気がします…。一輝さんはもっと、…自分に優しくしてあげてください」


私に対しては、過ぎるくらい優しい一輝さん。

その何分の一でもいいから、一輝さん自身を甘やかしてあげてほしいと心から思う。


すると一輝さんはどこか安心したように笑って、

「うん、ありがとう。正直かなりつらかったから…今はほっとしてるよ」

私の額に自分のそれをこつんとぶつけた。


なんだかすごく恥ずかしかったけど、私はおそるおそる視線を上げ一輝さんの瞳を見つめる。


一輝さんはやわらかく笑んだまま、

「だって、これからは好きなだけ、…ね?」

そう言って、抱きしめられて逃げられない私に優しいキスをくれた。





それから私たちはまた体を重ねた。

何度も求め合って何度も絶頂へと導かれ、一輝さんの熱を何度も体の奥で受け止めた。


愛してるの言葉を子守唄がわりに、疲れ切った私がいつの間にか――…眠りに落ちてしまうまで。





***





ほどなくして、一輝さんはスターダストのオーナーになった。

おかげでホストとして店に出ることは少なくなったことに少なからずホッとしている私は、やっぱり平気じゃなかったんだなと苦笑いが浮かぶけれど。


何より一輝さんが私のことを一番に想ってくれているのが自惚れじゃなく分かるから、他には何もいらない。


「なに、考えてるの?」

起きたばかりの、少し掠れた一輝さんの声。

それも私だけの特権。


噛みしめながら、私はそれを口にした。

「…幸せだな、って」


それを聞いて、俺も…って笑った一輝さんとの距離が、また――…ゼロになる。










(15,10,28)
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